クリスタル横丁

□ディナー
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「じゃあね、ユフィ」
「楽しんで来るんやで〜」
「リュックとセルフィもね」

藍色のドレスに白のコサージュ、小さな青い蝶々のイヤリングをしたユフィは船着き場でセルフィとリュックの見送りをしていた。
別れもそこそこにセルフィとリュックは船に乗り込んだが、その後も甲板からユフィに手を振ってくれた。
ユフィも二人に大きく手を振って、そのまま姿が見えなくなると後ろを振り返って言った。

「じゃ、アタシたちも行こっか」
「ああ」

普段は自由にしている髪を一つに結い、黒のスーツでキリッと決めたヴィンセントが頷く。
彼はユフィと隣り合って待たせているタクシーの所まで歩くと、自動で開いたドアを前にユフィを先に乗せた。

「先に乗れ」
「うん」

ユフィの手を取ってやりながらタクシーの中に乗せると、その後にすぐ自分も乗り込んだ。

「アレクサンドリアロイヤルホテルまで」
「はい」

ヴィンセントが目的地を伝えると運転手は頷いて丁寧な運転でタクシーを走らせた。
窓の向こうで遠くなっていく船が益々遠ざかっていき、やがては見えなくなっていく。
その後は道路を照らす街頭の光や車の姿しか見えなくなる。
そうして瞬く間にタクシーは高速に入った。

「アレクサンドリアロイヤルホテルのレストランを予約するなんてヴィンセントにしては中々良いチョイスしてるじゃん」
「それでもアレクサンドリアの中では安いレストランだ」
「でもオシャレでご飯が美味しくて夜景が綺麗だって今評判のとこだよ。楽しみだな〜」

座席に深く座ってすぐ目の前にある天井を見上げながらユフィはアレクサンドリアロイヤルホテルを思い浮かべる。
窓際の席だなんてきっとそう都合よくは座れないだろうけれど、そんなのは関係ない。
ヴィンセントと一緒に楽しく食事が出来ればそれで十分だ。
美味しい物を食べて、お喋りをして、またタクシーに乗って・・・。
本当だったら今頃は自宅の部屋で不貞腐れてゴロゴロしていたのだろうが、ヴィンセントがそれを変えてくれた。
ユフィの小さな小さな運命を変えてくれたこと、それがとっても嬉しかった。

「そろそろだな」

窓の外を見ながらヴィンセントが言ったので、つられて窓の外を見ると、殺風景な高速道路が後ろに遠くなっていき、段々とアレクサンドリアの華やかで煌びやかな灯りと建物が景色を彩るようになってきた。
いよいよだ。
ドキドキと煩い鼓動を落ち着けようと努めるが、迫ってくる大きなビルがそれを許してくれなかった。

「到着致しました」

タクシーの運転手が到着を告げ、ヴィンセントが支払いを済ませると自動で扉が開く。
そこから先にヴィンセントが降りると、降りようとしたユフィに向かって手を差し出してきた。

「エヘッ、ありがと」

まるで恋人のようなやり取りにユフィは笑顔を溢すとヴィンセントの手をしっかり握ってタクシーから降りた。
降りる時にチラリと見たヴィンセントの表情は満更でもなさそうに小さく笑っており、胸の鼓動がまた早くなるのが分かった。
でも照れくさいからちょっと茶化す。

「意外にも紳士っぽいことすんだね」
「マナーだからな」
「ふーん?じゃ、アタシもマナーに従わなきゃね」

そう言うや否や、ユフィは思いっきりヴィンセントの腕にしがみ付いた。
一瞬驚いたヴィンセントだったが、すぐに苦笑してユフィのそれを受け入れる。

「レストランに着いたら離れるようにな」
「分かってるって」

レストランまで許されたこの行為に、このまま時間が止まればいいのに、なんてユフィは思った。
ヴィンセントの意外にもしっかりと筋肉のついた腕に頬を染めて密かに酔いしれる。
普段は黒い服やマントに隠れてて分からないが、ヴィンセントの腕はこんなにも逞しいのか。
それもそうか、ケルベロスなんていう銃口が三つもある銃を軽々と扱っているのだ、これくらい逞しくて普通の筈だ。
前にキングの拳銃を持たせてもらった事があるが、やはり重かった。
ケルベロスだって相当な重量だろう。

そんな事をつらつらと考えていると、ふと一人の着飾った女性がこちらを振り返ったのが見えた。
一瞬ではあったがその視線はユフィとヴィンセントに注がれており、羨望と嫉妬の眼差しがこめられていた。
きっと羨望も嫉妬も、両方共ユフィに向けられていた事だろう。
パートナーである男が隣にいるというのにそんな視線を送るなんて、そんなにも自分たちは目立つだろうか?

(あ、それともオーラってやつ?参ったな〜)

そんな風で自分の中で盛り上がっていると、不意に貴婦人っぽいおばさんの声が耳に届いてユフィをドン底に叩き落とした。

「まぁまぁ、仲の良い兄妹だこと」

ウフフ、と上品に柔らかく笑うおばさんに悪意はない。
むしろ向けられる視線は微笑ましさが含まれている。
けれど『兄妹』という言葉がユフィの心に深く突き刺さって抉ってくる。

「どうした?」
「う、ううん、何でもない!」

急に俯いてしまったユフィをヴィンセントが気遣うが、すぐに笑顔を取り繕って笑う。
折角のヴィンセントとの食事なのにたった一つの言葉に一喜一憂して台無しにしてなるものか!

「タクシーで酔ったのか?」
「ダイジョブダイジョブ!そんなんじゃないから!大体アタシ、車は平気だし!」
「この間任務で移動してた時に酔ってたのにか?」
「あ、あれはリーブのおっちゃんが緊急で資料読めって言ったからだよ!あれさえなければ酔ってなかったからね、アタシ!」
「フッ、そうか」
「なんだよその顔ー!?信じてないなー!?」

甘い雰囲気から一転、いつも通りの空気になる二人。
微笑まし度がアップした。
さて、ホテルの自動ドアを潜って中に入ると上品な赤絨毯、美しい装飾が施された灯り、静かな声で丁寧にお辞儀するホテルマンに出迎えられた。
ホテルの中は自分たち以外にも沢山の人がいて上品に談笑をしている姿がちらほらと見受けられる。
ユフィは名残惜しく思いながらもスルリとヴィンセントの腕から離れた。

(帰りにまた掴まれないかなぁ)

そんな事を思いながらヴィンセントと一緒にエレベーターに乗り込む。
幸いにも他の人間は乗って来ず、二人きりとなった。

「流石アレクサンドリアだね。あっち見てもこっち見てもオシャレで豪華だよ」
「田舎者丸出しな行動は出来ないな」
「だね!」

そんな風に冗談を言い合って笑う。
すると、チーン、という美しいベルの音が鳴って目的の階への到着を報せる。
ヴィンセントとユフィは一瞬だけ身なりを整えると開いたドアの先に踏み出した。

「いらっしゃいませ」
「予約していたヴィンセント・ヴァレンタインだ」
「ヴィンセント・ヴァレンタイン様ですね。2名様からのご案内で宜しかったですか?」
「ああ」
「ではご案内致します」

ホテルマンは軽く頭を下げるとユフィとヴィンセントを席へと案内した。
レストランの中は沢山の女性や男性が身につけている宝石や時計などが光を反射してキラキラと彩られている。
そんな中、ユフィとヴィンセントが案内されたテーブルはアレクサンドリアの夜景が一望出来る特等席だった。
芸術に愛されている国と呼び高い理由が今ようやっと判った気がする。
昼間でも上品で芸術的なこの国は夜になってもその顔は変わらない。
暗闇の中に浮かぶ家々や店やホテルの灯りはまるで宝石のようで美しい。

ちなみに、この席はヴィンセントとユフィがデートすると聞いたガーネットが密かに手配しておいたものである。
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