クリスタル横丁

□パーティーの約束
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「はぁ〜あ〜・・・」

公園のベンチに深く座りながらユフィは重い溜息を吐く。
憂鬱でつまらなくて自分が嫌でたまらない。
自分の所為でセルフィとリュックのテンションが下がってしまうのを見たくなくて外に出てきたがやる事がない。
モヤモヤとした気持ちがユフィの心の中を漂う。
何か気を紛らわせられないだろうかとぼんやりと行き交う人々を眺めていると、見慣れた赤いマントがユフィの視線を釘付けにした。

「ヴィンセント!」

立ち上がってすぐに赤マントを追いかけて呼びかけると、予想通りの人物が静かに振り返って立ち止まった。
黒く長い髪、紅い宝石のような瞳、間違いなくヴィンセントそのものだ。

「ユフィか」
「何してんの?どっか行くの?」
「スーツを買いに行く所だ」
「スーツ?・・・あー、もしかしてパーティーの?」
「そうだ」
「ふーん・・・」

ユフィのモヤモヤがまた強くなる。
原因は勿論『パーティー』というものだ。
近々、WPO主催の船上パーティーがあるのだがユフィはこれには不参加を表明している。
理由は至って簡単、船酔いが酷いからだ。
折角綺麗なドレスを着ておめかしをしても船酔いの所為で美味しいご飯や新鮮な場所でのお喋りなど楽しめやしない。
そうとなっては参加するだけ無駄なのでユフィは仕方なく参加を断念した。
本当であれば今度の休みの日にセルフィとリュックと一緒にドレスやアクセサリーを買いに行く予定だったが、パーティーに参加しないので買いに行く必要もない。
そんなパーティーに参加出来ない事と一緒に買い物に行けない事への悔しさと己の不甲斐なさが本日のユフィのモヤモヤの原因だった。

「お前は何をしているんだ?」
「んー?散歩かなぁ。でも予定変更。ヴィンセントのスーツ選びの旅についてく!」
「退屈かもしれんぞ?」
「いいっていいって、ヴィンセントで遊んで退屈凌ぎするから」
「遊ぶな」

軽く溜息を吐かれて呆れられるが構うものか。
開き直ってモヤモヤを解消する為にユフィはヴィンセントと一緒にスーツのアイヤマへと向かうのであった。











そんな訳でやってきたスーツのアイヤマ。
沢山のスーツが店内にズラリと並ぶ中、ヴィンセントとユフィはスーツを選んでいた。
というか、半分ユフィに遊ばれていた。

「お、この赤っぽいのも似合うね〜。こっちのがいいんじゃない?」
「いや、黒でいい」
「え〜?もうちょっと冒険しなよ」
「謹んで遠慮させてもらおう。それよりも次はYシャツだ」
「Yシャツはさ、真面目にこの薄い青とかがいいんじゃない?ヴィンセント似合うと思うよ」
「そうか?」
「そうだって!すいませーん!試着したいんですけどー!」

ヴィンセントの意思など無視してユフィは店員を呼び、試着用のYシャツを受け取った。
「はい」と言われてYシャツを渡されたヴィンセントだったが、着るくらいならタダだし、いいかという事で仕方なく試着をする事にした。

「どう?良さげー?」
「今見せる」

袖のボタンを留めて身なりを整えるとシャッとカーテンを開ける。
笑われるか、微妙と言われるか。
覚悟を決めたヴィンセントだったがユフィは一瞬驚いたような顔をしたかと思うと、すぐに笑みを浮かべて言った。

「いいじゃんいいじゃんヴィンセント!よく似合ってるよ!」
「・・・そうか?」

思ってもみなかったセリフに思わず面食らう。
同時にちょっと照れくさくなった。

「うんうん、いい感じ!これでさっき決めたスーツ着てみなよ!」
「ああ」

ユフィに急かされてスーツを着たヴィンセントは、ユフィの予想通りの着こなしをしてみせた。
品が溢れており、普段のヴィンセントのかっこよさを惜しみなく引き出している。
更には白ではなく薄い青のYシャツが良いアクセントとなっており、彼の知的さや冷静さをよく表しているようだった。
この隙がなく無駄のない着こなしには女性店員は愚か男性店員すらも見惚れている。
ヴィンセントは凄いのだと胸を張りたくなるユフィだが、その一方で紛れそうになっていたモヤモヤが一層強くなってしまった。

パーティーに出席する人たちはこの素晴らしいスーツ姿のヴィンセントを見て、話しをする事が出来る。
小洒落たドレスを身に纏って楽しくお酒を飲んだりする事が出来る。
そしてヴィンセントと二人並んでデッキで風を受けながら―――。

「ユフィ」
「へっ!?」
「ネクタイを見てくるがお前はどうする?」
「え?あ、ああ、行く行く!」

考えに耽っていた所為でうっかりヴィンセントの話しを聞き逃す所だった。
見ればヴィンセントは元の服に着替え直しており、スーツも仕立てを頼んだのかメモを持った店員がヴィンセントの決めたスーツを持って店の奥へと消えて行くのが見えた。
ユフィは先程のモヤモヤとした考えを振り払うとヴィンセントと共に今度はネクタイ売り場へと赴く。
シンプルな物から柄物のネクタイが並ぶ中、こちらでもヴィンセントで遊んでいたユフィだったが、ヴィンセントはそれに惑わされる事なくシンプルなネクタイを選び取った。

「これにするとしよう」
「ネクタイピンはいいの?」
「自宅に二つほどある。ごく普通のネクタイピンとルビーの石が嵌め込まれたネクタイピンだ」
「ルビーが嵌め込まれたネクタイピンにしなよ。ヴィンセント、赤も似合うし」
「では、そちらにするとしよう」

選んだネクタイを持ってヴィンセントは早速レジに並ぶ。
ユフィはそれを少し寂しそうな瞳で見送った。
パーティー当日、自分はスーツを完璧に着こなしたヴィンセントを拝む事は出来ない。
見送るだけなら見れない事もないが、どうせならじっくりと見たいではないか。
でも、船酔いが原因でパーティーには参加出来ない。
ヴィンセントのスーツ姿を見て、眺めて、うっとりするであろう女たちに悔しさが募る。

(これ・・・嫉妬か・・・何考えてんだろ、アタシ・・・)

架空の女たちに嫉妬している自分が惨めで、虚しくて、凄く嫌になる。
ユフィはまた思考を振り払うとヴィンセントの隣で会計が終わるのを待った。
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