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□寒い日は家に籠っていたい
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12月に入って今年初の雪がエッジに降り注いだ。
映画やドラマなどで見るようなチラチラと舞い落ちる幻想的な光景とは真逆の、如何にもこれからどんどん降り積もりという様相の降雪ぶりだ。
幸いにもリーブからWRO社員全員に対して自宅待機命令が出ており、この雪の中を命賭けて出社するという事態にはなっていない。
今日はゆっくり出来ると雪に感謝しながらヴィンセントは電気毛布の祝福を受けた布団に包まれながら本を読んでいた。
だがそこに、一件のラインメッセージがヴィンセントの元に送られてくる。

『電車止まったーorz ヴィンセントの家に避難させてもらっていい?』

思ってもみなかったメッセージに目が飛び出しそうになった。
こんな大雪の日にあの忍者娘は何故外出などしているのか。

『構わないが大丈夫か?迎えは必要か?』

『ううん、へーき。んじゃ、今からそっち行くね〜』

『危なくなったらすぐに呼べ』

その一文を送るとユフィからモーグリと『サンキュークポ!』という文字が一緒に飾られたスタンプを送られた。
軟な娘ではないと分かっているがそれでも心配だ。
自然を甘く見てはいけない、自然は時として牙を剥き、人の命を奪うのだから。
ラインの着信を気にしつつユフィが来た時の為にコーヒーを用意してやろうとベッドから足を下ろす。
ひやりと氷のように冷たい床に指先が驚いてビクリと曲がるが一呼吸置いて立ち上がった。
どうやら大雪の影響で室内の床は外と同じ温度にまでなってしまったようだ。
瞬く間に床に体温を奪われるのを感じながらヴィンセントはポッドの『再沸』ボタンを押した。
このポッドは自分の誕生日にシドが贈ってくれた物だ。
今の時代は便利な物があるもので、ボタン一つでこうやって数分でお湯を沸かす事が出来る。
ケトルを使ってお湯を沸かしている間の静かな時間も勿論好きだが、便利な物は利用出来るなら利用したい。
特にこんな寒い日だとボタン一つで沸騰が出来て保温も可能なポッドを最大限活用しない手はない。
戸棚からマグカップを二つ取り出してインスタントコーヒーの粉を入れているとインターホンが鳴って来客を告げる。

「来たか」

作業する手を止めて玄関の扉を開く。
すると、いつもの猫耳フードを被ったユフィが頭に僅かな雪を積もらせて玄関前で自分の身を抱きながら震えて立っていた。
白い鼻は寒さで赤く染まっており、カチカチと歯の根の合わない音が耳に届く。

「さ〜〜〜む〜〜〜い〜〜〜!」
「手を洗ってすぐに布団に入れ。すぐにコーヒーも出す」
「そーさせてもらうっ」

軽く雪を払ってからユフィは飛び込むようにして部屋に入るとマントを脱ぎ捨てて流し台の蛇口を捻った。
しかし―――

「つ〜め〜た〜い〜!!」
「・・・我慢してくれ」

冷たい水に追い打ちをかけられて更に震えるユフィを見ていられなくてそっと目を逸らす。
すぐにお湯が出るようにケトルで沸かせば良かった。
そしたら水はケトルに、その後に出てくるお湯はユフィの手を癒した筈だ。
己の至らなさに軽く呆れながらヴィンセントはマグカップにお湯を注いでいく。
自分のはお湯を注いでそれで終わりにし、ユフィのマグカップには砂糖と牛乳をたっぷり混ぜて甘くて飲みやすいようにする。
苦笑が漏れる程の甘い香りが鼻腔を満たした所でそれらを手に持ち、ユフィを奥に詰めさせてベッドに入った。

「淹れてきたぞ」
「待ってました!」
「火傷しないようにな」
「ほいほーい」

ユフィは嬉しそうにマグカップを受け取ると、ふーっふーっと何回も息を吹きかけてコーヒーを冷まし始める。
いくら凍えるような寒さと言えど猫舌は猫舌、口に含む時は別だ。
それに一生懸命冷ましている間に手に持ったマグカップから指を温めてもらえるのでプラマイゼロだ。
水道が冷たかった分、存分に温まって欲しいとコーヒーを飲みながらヴィンセントはそんな事を願った。

「明け方にはもう雪が降っていたと思うが何故外出をしていた?」
「アタシ昨日夜勤だったんだよ」
「夜勤か・・・また報告書が溜まりそうなのか?」
「んーまぁそんなとこ」

呆れるヴィンセントを見ずしてユフィはすんなり答える。
まるであらかじめ用意していたかのような答え方に少しの疑問を覚えないでもなかったが、当てられたユフィの氷のように冷たい足にそれらは全て吹き飛んだ。

「・・・冷たい」
「そりゃぁ雪の中を歩いて来たからね。しっかりあっためてもらうぞ〜!」
「仕方ない」

両足でユフィの片足を絡め取り、片方の足の裏でユフィの足の甲を撫でつける。
びくり、と驚いたようにユフィの足が一瞬身動ぎしたがすぐにクスクスという小さな笑い声が漏れ出た。
そのまま動きを止めずに撫でていたら肩に寄りかかられて軽く腕を叩かれた。

「くすぐったいっての!」
「温めろと言ったのはお前だろう」
「くすぐれとは言ってませ〜ん」

お返しにとばかり爪先で突っつかれたので更にその仕返しで足の裏をくすぐってやったらユフィは大きく笑った。

「あっはは!やめろよ〜!」
「やめて欲しくばコーヒーカップを流し台に置いてこい」
「はいはい分かりました〜!」

ユフィは笑いながら承諾すると布団から出て二人分のコーヒーカップに水を溜めて流し台の中に置いた。
そして寒さから逃れるように素早く戻ってきてヴィンセントの膝の上に乗って来た。
ヴィンセントと向き合うようにして。

「・・・何だ?」
「あのさ〜ヴィンセント。お願いがあるんだけど?」
「マテリアはやらんぞ」
「うぐっ、あわよくばとは思ってたけど・・・と、とにかく!今日のお願いは別なの!」
「というと?」
「今日さ・・・ヴィンセントの家に泊めて?」

上目遣いに小首を傾げてお願いしてくるユフィのその姿に即座に溜息を吐く。
薄々そんな事を言われるような気はしていたがやはり来たか。

「なんとなく予想は出来ていたが・・・」
「いーじゃん別にー!どのみちこの大雪じゃ帰れないし!」
「駄目だとは言っていない。だが仮に私が家にいなかったらどうするつもりだったんだ?」
「カプセルホテルとかどっかテキトーな所に泊ってたかな」
「そちらの方がベッドを広く使えて良かったんじゃないか?」
「でもアタシみたいに帰れなくなった人たちが集まって満室になってるかもしんないじゃん。あとヴィンセントもいるしさ」
「私がいて何だと言うんだ?」
「いや、まぁ・・・と、とにかく!泊っていいでしょ!?」
「狭いベッドで良ければな」
「問題な〜し!あ、あと服も借りていい?パジャマ代わり的なの」
「後で適当な服を出してやろう」
「さっすがヴィンセント!この恩はいつか必ず返すからな〜!」
「期待しないで待っていよう」
「期待しろー!それとも美しい反物でも織ってやろうか〜?」
「・・・『鶴の恩返し』か?」

『鶴の恩返し』とはウータイではメジャーの昔話だ。
ある日男が森を歩いていると罠に引っ掛かった鶴と遭遇して逃がしてやると鶴は『この御恩は一生忘れません』と言って飛び立った。
そしてある日、吹雪の夜に一人の美しい女が一晩だけ泊めて欲しい訪ねて来たので泊めてやると、女は男に再三忠告した後に部屋に籠って美しい反物を織って男に売ってくるように言った。
それを何度も繰り返した結果、男は裕福になっていったが女は日に日に痩せ衰えていき、ある日男は気になって部屋の中を覗いてみると鶴が己の羽を使って反物を織っていた事を知る。
正体を知られた鶴は『私はあの時助けられた鶴です』と正体を明かすと男の家から出て行ってしまったという。
ウータイの昔話は子供たちへの戒め要素が多く、この話も約束を守らなかった結果や、誰しも見られたくないものの一つや二つはある、など様々な解釈がある。
子供たちに読み聞かせる昔話といえど色々な意味が込められている事への興味深さからヴィンセントはこうしたものも読み込んでいるのだ。

さて、ヴィンセントが言い当てるとユフィは満面の笑みを浮かべて「あったり〜!」と言った。

「羽の代わりにマテリアで反物を織るか?」
「え〜?マテリア勿体ないからやだ〜。拾ったチョコボの羽でどう?」
「抜け毛はごめんだ。それよりもお前を部屋に一人にさせたらマテリアを根こそぎ持って行かれてしまう」
「反物作ったお礼って事でね?」
「それでは恩返しになってはいない」

むしろこれでは仇返しだとユフィの額を人差し指で弾きながらヴィンセントは内心苦笑した。
それにたとえ真面目に反物を作ってくれるのだとしても衰弱していくユフィなど見たくはない。
ヴィンセントが望むものはたった一つ。

「そんなまどろっこしい物よりも天ぷらそばを作ってくれればそれでいい。あれも同じくらい手間がかかる」
「あ、それいいね!アタシもアンタも美味しいもん食べられてwin-winだよ!」
「お前の都合の良い時に作ってくれればそれでいい」
「よぉし!アタシにまっかせなさーい!」

得意気な表情でドン!と胸張ってユフィは言い放つ。
やはりユフィはこうでなくては。
衰弱していく顔よりも、元気で生意気でまだまだ子供で、けれども太陽を連想させるような笑顔で天ぷらそばを作ってくれた方がヴィンセントにとっては反物よりも大きな価値がある。
そして自分に美味しい天ぷらそばを作ってくれるユフィはある意味で自分専用の鶴であると気付き、自然と湧き上がって来た優越感に小さく笑みを溢すのだった。











しかし安易に寝泊まりを許可するものではないとヴィンセントは深く思い知るのであった。

「スー・・・スー・・・」

眼前で心地良さそうに眠るユフィ。
黒の短い髪の毛からは自分が使ってるのと同じシャンプーの香りがして鼻腔をくすぐる。
そう、同じシャンプーの香りが・・・。

「はぁっ・・・参ったな・・・」

やむなく泊る事になったユフィは勿論お泊りセットは愚か、お風呂セットなんかも持ち合わせてはいない。
幸い下着だけは泊る事を見越して近くの店で調達したらしいがその他最低限の物は勿論持ってなくて。
歯ブラシはヴィンセントが予備として洗面所の棚にしまっているものを出せばいい。
服も今日ユフィが着ていた服は現在洗濯して乾かしており、パジャマもヴィンセントのTシャツとスウェットのズボンを貸した。
男性用だから元々小柄であり女性であるユフィにはぶかぶかのだぼだぼだったがそれが逆に可愛らしかった。
しかし問題は風呂回りだ。
ユフィは「一日くらいへーきでしょ!」と言って何の躊躇いもなくヴィンセントが使っている男性用のシャンプーやボディソープを使った。
ヴィンセント自身は、ユフィが納得しているからいいか、と思っていたが今現在はそれとは真逆の心情にある。

「むにゃ・・・マテリア・・・」
「・・・お前は呑気でいいな」

僅かな皮肉を込めて頬を突っつくが特に嫌がる反応を見せる事はなく。
それよりも未だ香るヴィンセントと同じシャンプーに頭がくらくらしそうになった。
ただでさえ自分が普段着ている服に身を包んでいるというのに、それに加えてシャンプーの香りまでもが自分の色に染まってしまうだなんて独占欲を刺激されない筈がない。

「・・・他の男の色には染まらないでくれ」

半分冗談で桃色の頬を撫でながら呟く。
もう半分はヴィンセントの仄かな願いだった。











END

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