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□酒の練習に付き合いたい
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「くっ・・・くくくくっ!!」
「あー!笑ったなー!?」
「なれるといいな・・・理想の姿に・・・くくっ・・・!」
「ぜ〜〜〜ったいになってやるんだから!!ヴィンセントが追い縋っきて悪かったって言って謝らせてやるんだから!!!」
「そうか、その日がとても楽しみだな」
「ちっくしょ〜!!ヴィンセントの前で他の男と仲良くしてるの見せつけてやるんだからな!今の内にハンカチを噛む練習でもしてろ!!」

ぷいっとユフィはそっぽを向くと悔し紛れに酒をまた一口煽った。
膨らんでいる頬が可愛らしくて思わず人差し指で突っついてみたら、ぺしっと叩かれた。
バッチリご機嫌は斜めのようだ。

「くっそ〜!今すぐにでも酒に慣れてやる!」
「飲み過ぎるとまた二日酔いになるぞ」
「うっさい!」
「クールに酒を飲む女の練習もしなくていいのか?」
「どっかの誰かさんが笑ってくるから今はやりません〜!」
「フッ、そうか。精々頑張るのだな。もしもお前がそれなりに酒に慣れてきたらどこかのバーに連れて行ってやろう」

ちょっとした軽い気持ちで言ったつもりだった。
この冗談の流れで何と無しにふと零したら、ユフィはグラスを持ったままどこか期待に満ちた瞳でこちらを見返して尋ねてきた。

「・・・ホント?」
「ん?」
「アタシが酒に慣れたらバーに連れてってくれるんだよね?」
「それは・・・」

軽い冗談だ、なんて言って目の前のキラキラと期待に輝く瞳を曇らせる事などヴィンセントには出来なかった。
それにバーに連れて行くくらい大した事はない、自分もついて行くのだし。
酒に慣れるのにも時間がかかるだろうしすぐの話ではない。
そこまで考えて結論付けるとヴィンセントはゆっくりと頷いた。

「・・・いいだろう」
「やりぃ!ぜ〜ったいにつれてけよ!!」
「お前が慣れたらな」
「すぐに慣れるから大丈夫だもーん。それより今の内にドレスとか買っておかないとだね!
 ヴィンセントもいつものマントじゃなくてスーツ着てくるんだぞ!」
「・・・善処しよう」
「善処じゃなくて絶対だよ!」

最近見つけたバーに連れて行くつもりだったので、自然といつもの恰好で行くつもりでいた。
しかし釘を刺されてしまった以上は仕方ない。
ユフィの為にもその日はスーツを着て行ってエスコートしてあげるとしよう。
桃のお酒を一口飲んでヴィンセントはそう決めるのだった。

「アクセとかも買わなきゃな〜。ネックレスとかイヤリングとかさ」
「そこまで気合を入れなくていい。安いバーに連れて行くだけだ。逆に浮いてしまうぞ」
「じゃぁネックレスだけに留めておこっかな」
「それでもまだ派手だと思うが・・・まぁいい。靴擦れを起こして赤のハイヒールを作らないようにな」
「作りませーん」

ユフィはべっと小さく舌を出すとまたほんの少しお酒を口に含んだ。
月明かりに照らされた頬がほんのりと色付き始めている。

「水は・・・持ってきてないのか」
「あった方が良かった?」
「酔い覚まし用にあった方が良かったな。気持ち悪くはないか?」
「うん、へーき。でもちょっと眠くなってきちゃった・・・ふぁあ・・・」

小さく欠伸をして目を擦りながらもユフィは尚も酒をちびりちびりと口にする。
それを横からやんわりと取り上げてみるが、ユフィは怒らなかった。
むしろ眠たげな目でぼんやりとグラスの行方を追っている。

「あー」
「その辺にしておけ。後は私が飲む」
「やだー。まだ飲めるもーん」
「また二日酔いになって苦しみたいのか?」
「それもやだー」
「だったら今日は大人しくこれで終わりにするんだな」
「ちぇー」

唇を尖らせながらもユフィはヴィンセントの肩に頭を乗せてくる。
そして数分の後に「すぅ・・・」というなんとも呑気で穏やかな寝息がヴィンセントの耳に届いて来た。

(この分だと酒に慣れるのはまだまだ先のようだな)

口元に笑みを浮かべてユフィから取り上げた桃の酒を一口で飲み干す。
ユフィがちびちび飲んでいたとはいえ、大した量は残っていなかったので難なく飲む事が出来た。
その流れのまま、自分のグラスの中の酒と缶の残りの酒も飲み干していく。
それらが全てなくなる頃にはすっかりヴィンセントもほろ酔い気分で、気持ちが空に浮かぶ月のように浮かんでいるようだった。
細く長く息を吐いてから体の力を抜き、桃の甘い香りを存分に楽しむ。
たまにはこういうジュースのような酒を楽しむのも悪くない。

「次は何の味の酒を飲む?」
「むにゃぁ・・・」
「いつかワインやウィスキーも飲ませてやろう」
「・・・にゃ・・・」

返事をしているのか寝言を漏らしているだけなのか。
いや、きっと後者だろう。
ふにゃりと柔らかく、蕩けそうな温度を放つユフィの頭をゆっくりと撫でてやってから静かに抱き上げる。
このままこうしていてはユフィが風邪を引いてしまう。
酒とグラスは―――

「申し訳ございませぬ、ヴィンセント殿」

酒とグラスはどうするかと考えていたヴィンセントの元に申し訳なさそうにしながらも苦笑を浮かべているゴーリキーがやってきた。
月の光に照らされた彼の顔は少し赤く、シドたちの酒盛りに散々付き合わされたのであろう事が伺える。

「ユフィ様は眠ってしまわれたのですな」
「ああ、酒の訓練に付き合っていたらすぐに寝てしまった」
「これはこれは。どうりで亀道楽の宴会の時に飲まないと思ったら」
「ユフィが二十歳になったら訓練に付き合うと約束したからな」
「なるほど。見込みはどうですかな?」
「上手くいけば父親のような酒豪になるだろうな」
「それは・・・上手くいってほしくありませんな・・・」
「フッ、心配せずとも上品な酒の飲み方を教える」

でないとバーに連れて行く事なんて出来ない。
それにそんな事で二人揃って恥をかきたくもない。
ヴィンセントはもう一度ユフィを抱き直すとゴーリキーに酒とグラスの片付けを頼んだ。

「すまないが酒の片付けを頼んでも良いか?ダメなら後で私が持って行く」
「いえいえ、片付けますぞ。それよりユフィ様をお願いします」
「ああ。浴衣に着替えた後、着物はどうすればいい?」
「簡単に畳んで枕元に置いていただければ翌朝、私が片付けておきますので」
「分かった」

軽く会釈をして踵を返し、ティファとマリンが寝る部屋にユフィを連れて行く。
女子トークをするのだと意気込んでいた筈だがその予定が実行される事はなさそうだ。
それか喫茶店に行った時に散々お喋りをしたのかもしれない。
でなければこんな時間に酒を持って自分の所に来る事もないだろう。

(それにしても花見の時といい、随分と信頼されたものだな)

春にユフィと夜桜を見に行った時、今と同じ状況になった事がある。
その時も自分がユフィを背負って帰ると言ったらゴーリキーは何も疑う事なく自分にユフィを任せてきた。
曰く、ユフィが信頼している人間だから何も心配していないとか。

(私も男なのだがな)

このまま人気のない所にユフィを連れ込んで桃の味がする唇を貪って穢れのない体を蹂躙するかもしれない。
或いは寝ているのをいい事にいかがわしい行為だってするかもしれない。
幼さを残すこの体に何の感情も抱いていない訳がない。
平静を装うのだって楽じゃない。
そんな自分の葛藤をゴーリキーもユフィも分かっているのだろうか。
それとも対象外だと思われているのか。

(それは・・・悔しいな)

子供染みた感情に己の身を任せ、ヴィンセントは静かに行動する。

「お休み、ユフィ」

桜色の頬に小さく口付けをする。
こんな事が出来るのは今の所自分だけだろう。
他にも色々やってやりたいが、今日はこのくらいで。
桃の香りを纏うユフィを名残惜しく布団に寝かせるとヴィンセントは部屋に戻るのであった。












END
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