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□二日酔いのお詫びをしたい
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「あれ?キミ可愛いね〜!ウータイ人?名前なんて言うの?」

ヴィンセントの悪い予感的中。
青年はユフィの方を向くと人懐っこい笑顔を浮かべてスラスラとナンパのセリフを並べ始めた。
ノリは大分軽いが幼さの残る整った顔立ちをしているのもあり、女性からの受けが良さそうである。
だが幸いな事にユフィはそれを軽く流していた。

「人に名前を聞く時は自分から名乗るもんだろ〜?」
「フッ、名乗る程の者じゃないぜ」
「あっそ」
「つれないな〜」
「悪いけどアタシ、子供にはきょーみないんだ」
「え〜?俺成人してるよ?20だよ?」
「アタシと一個違いじゃんか」
「え?じゃあキミ19?キミの方が子供じゃんか」
「うっさいな〜。大体そーいう態度が子供だっつってんの」

それをお前が言うか、という言葉は喉の奥に飲み込んだ。

「じゃあキミの思う大人の態度ってどんなの?」
「そりゃクールで無駄な事を喋らない余裕のある人だよ」
「へ〜。そこのお兄さんみたいな?」

青年がヴィンセントの方にチラッと視線を寄越して尋ねるとユフィが「ぐほっ!」とオレンジジュースを噴き出しそうになって無理に飲み込み、激しくむせた。

「わっ!?大丈夫!?」

驚いた青年は慌ててユフィの背中を叩いたりさすったりする。
気遣いが出来る優しさはあるようだ。
心の中で青年に対して評価を上げながらヴィンセントはユフィにおしぼりを差し出してやる。
それを受け取ったユフィはテーブルを拭きながら喉の調子を整える。

「な、なな何言ってんのサ!?びっくりしたじゃん!!」
「ご、ごめん・・・でももしかして図星?」
「はぁっ!?な、何言ってんのか分かんない!!」

顔を赤くしてむくれるユフィのそれは図星である事を大いに語ってる。
・・・本当にそうだったらいいな、と少し思った。

「それより!アンタ、スーツよりもシャツとかカジュアルな服装にした方がいいんじゃない?その方がもっとモテると思うけど」
「いや〜スーツの方が大人っぽく見られてモテるかなって思ってさ〜」
「アタシから言わせてみれば形から入る時点でまだまだ子供だね」

それをお前が言うか、とまた言い出しそうになったセリフを飲み込む。
ユフィも形から入ろうとする所があるし、なんだったらヴィンセントからしてみれば青年と同じくらい子供だ。

「でもさでもさ、正直な話、身の丈に合った服装を着たらモテると思う?」
「今よりはマシになるんじゃない?」
「そっか〜。じゃぁそうしてみようかな?キミってここによく来るの?」
「来るよ」
「じゃあ俺が身の丈に合った服装をしてちょっとでもカッコいいと思ったら俺とデートでも―――」

ダンッ!

青年のセリフを遮るように野菜炒めの皿を強くテーブルの上に置く。
ユフィも青年も驚き、二人の時が一瞬止まる。
そこからぎこちなくこちらを伺ってくる青年を冷たく見下ろしてから

「すぐにビールを出す」

と言って背を向けてビールの準備をする。
自分の目の前でユフィを口説くとは良い度胸だ。
だが、これ以上の口説き落としは許さない。
ユフィに近付きたいのであればまずはその軟派な態度を改めてもらおうか。
我ながらとんだナイト気取りに少々呆れてしまうが、だからといってやめる気は微塵もない。
おかしな男が寄り付いてユフィが悲しい思いをする所なんか見たくないのだ。

「ビールだ」
「あはは、どうも・・・」

今度は静かに提供してやると青年は苦笑いをしてそれを受け取り、一気にそれを飲み干した。
見かけによらず中々の飲みっぷりである。

「ぷはぁっ!やっぱセブンスヘブンで飲むビールは美味いな〜!野菜炒めも何回食べても飽きないし!」
「アンタ常連なの?」
「そうだよ。ティファさんの料理とティファさん目当てで来てるんだ〜」
「いっそ清々しい程までに言い切ったね・・・もしかしでティファにもアタックチャレンジ済み?」
「うん。そしたらクラウドさんに殺されかけた」
「バカだね〜、ティファにはこわ〜い旦那さんがいるなんてのは有名だろー?」
「ワンチャンいけるかなって思って」
「とんでもなくポジティブ思考だね、アンタ」
「人生ポジティブに生きないとやってらんないだろー?」
「まーねー」

チラリとユフィが意味ありげに視線を寄越してきたがワザと目を逸らした。
ポジティブじゃなくて悪かったな。

「んで、人生を更に楽しいものにする為にこうやって女の子に片っ端から声かけてんだ」
「へ〜。成果は?」
「ゼロ」
「あはは!やっぱり!」
「笑うなよ〜!」
「だって予想通りなんだもん」
「酷いな〜」

なんて言いながらも青年も楽しそうに笑う。
・・・友人としてならユフィと接するのは構わないし、見てるこっちとしてもやり取り自体は微笑ましい。
ただ、会話の所々でアクションをかけてくるのはいただけないが。

「ふ〜美味しかった!お兄さん、お勘定お願い!」
「・・・野菜炒めとビール、合わせて753ギルだ」
「753ギル・・・と!」

青年は黒革の折り畳み財布から小銭をピッタリに取り出してきたのでレシートだけ渡した。
会計を終えた青年は財布を懐にしまうと、あの人懐っこい笑みを浮かべてまたユフィの方を見て話しかけた。

「ねぇキミ、よければ送って行こうか?」
「あんがと。でも悪いけどアタシ、このおにーさんを送って行かなきゃいけないから遠慮しておくよ」
「え?もしかして逆送り狼?」
「少しはその思考から離れたらどうだ」

ワクワクと興奮と期待が入り混じった様子で聞き返してくる青年に呆れて息を吐く。
これ以上はユフィに悪影響であると判断し、外までのお見送りと見せかけて強引に店から追い出した。
「今度どんな風に送られたか教えてね!」と言われたが一回も頷く事なく無言を貫いた。
たとえユフィに送り狼されたとしても絶対に教えてやるものか。
それにしても何だか疲れた。
ヴィンセントは強めに一つ息を吐くと店の中に戻るのであった。




その後、閉店の時間が迫るのと同時に客は店から出て行き、最後にはヴィンセントとユフィとティファだけが残った。
ラッシュの後の片付けにはユフィも加わり、あっという間に店の中は綺麗に片付いた。

「ありがとう、ヴィンセント、ユフィ。凄く助かったわ」
「いいって事よ!」
「気にするな」
「ヴィンセントはご飯まだだったよね?賄いで良ければ何か作ろうか?」
「いや、折角片付けたのにまた食器を汚す事はない。ビーフシチューテイクアウトを頼めないか?」
「分かったわ」
「いーなー。ティファ、アタシもビーフシチューテイクアウト!」
「別にいいけど飽きたりしない?今日夕飯に食べてたし」
「カレーは一日ねかせておくとすっごく美味しくなるじゃん?それに二日連続くらいなへーきへーき!」
「じゃあ、今から用意するから待っててね」
「ご飯も持ってっていい?」
「勿論よ。残りも丁度二人分くらいだし、全部持ってっていいよ」
「やりぃ!」

ティファが持ち帰り用の容器にビーフシチューをよそってユフィが別のパックに白いご飯を詰める。
二人を何か手伝ってやれないか辺りを見回して考えた結果、二人分のビニール袋を取り出して広げる事にした。
そうする事によってパックの蓋をしめたユフィとティファがビーフシチューとご飯をスムーズにビニール袋に入れる事に成功した。
しっかり蓋がしまっているのを確認して傾けないように注意しながら袋を手に持つ。

「すまない、助かった」
「ううん、私の方こそ助かっちゃった。二人共気を付けて帰ってね」
「うん!お休み〜」
「お休み」

店の入り口でニッコリと微笑みながら手を振るティファにユフィが手を振り返しながら隣を歩いて来る。
帰る方向は同じ。
電車の駅はユフィの方が二駅多いけれどそんなものは気にせず今日も家まで送って行くと決める。

「今日のバイトはどうだった?」
「中々悪くなかった」
「じゃあ副業として働いてみる?エプロンとか似合ってたよ?」
「クラウドの機嫌が最悪になるからダメだ」
「機嫌最悪どころか殺意全開にしてくるよ」

あはは、とユフィは楽しそうに笑ってみせる。
ユフィの言う通り、クラウドの事だからそれこそ般若や阿修羅の顔でもして殺意を剥き出しにしてくるだろう。
釘バットを持たせたらいよいよそれらしい。
想像してヴィンセントはマントの下で静かに笑った。

「ヴィンセント、もしかして今日もアタシの家まで送ってってくれる感じ?」
「そのつもりだ」
「ふーん。でもさ、予定変更してヴィンセントの家に行かない?」
「私の家に?」
「ホラ、今日アタシの隣に座った奴が言ってたじゃん?ヴィンセントの事を送り狼するの?って。折角だからやってみない?」
「・・・」

盛大にこれ見よがしに大きく溜息を吐いて見せる。
一体何を言い出すのかと思えば・・・。

「・・・お前はちゃんと意味を分かって言っているのか?」
「あったんまえじゃん!送り狼の意味くらい知ってるっつの!」
「どこで覚えた?」
「じょーほー社会の時代だよ?それに漫画とか映画とかでもたまに聞くし」

成程、耳年増という奴か。
そういう方面の知識がある事に若干のショックを受けつつも、ないよりはマシかと思う事にする。
意味も知らずに使っていたり、誰かに実践という形で教えられては適わない。

「そんな訳でヴィンセントの家に行かせろー!」
「ただ電車に乗って家まで帰るのが面倒なだけだろう」
「でもヴィンセントなんかは往復する事になる訳でしょ?またこの間みたいにネカフェに泊まる事になるよ?」
「その時はお前の所に押しかけ狼でもするつもりだ」

ほんの少し冗談を混ぜて言えばユフィは予想通り目を大きく見開き、頬をみるみるうちに朱色に染めていった。
そして極めつけに「バカっ!」と罵倒されて腕を叩かれた。
これも想定の範囲内だ。
その後しばらくユフィは無言でいたが、駅に着く頃にはすぐにいつものお喋りユフィのに戻っていた。
ユフィの話を聞いている時間は心が落ち着いてもっとその声を聴いていたかったが、駅からユフィの家までの距離は短い。
だからすぐにユフィの家に到着してしまい、今は部屋の扉の前にいる。

「今日も送ってってくれてあんがと!気を付けて帰りなよ?」
「ああ。お前もすぐに戸締りをするようにな」
「もっちろん!どっかの狼さんが襲ってくるかもしれないし?」
「その心配は必要ない。今日は満月ではないし、そうであったとしても狼になる事はない」
「なんだよそれ〜」
「だが―――」

油断しているユフィの隙をついて耳元で一言。

「味見をしたら気が変わるかもしれん」

直接息を吹き込むようにそう囁けば驚いたようにユフィが耳元を抑えて見上げてくる。
その顔は先程よりも真っ赤に染めあがっており、桜色の唇なんかは衝撃のあまり音を乗せる事が出来ず口をパクパクと動かしているだけだった。
予想通りの反応にヴィンセントは大変満足している。
そして―――

「・・・ヴィンセントのムッツリスケベ!!」

ユフィはありったけの罵倒を浴びせてきて、そのまま部屋の中に入ってしまった。
そしてその後すぐにガチャン!と鍵の閉まる音が聞こえたので戸締りの心配がなくなり、ヴィンセントはそのまま元来た道を辿って帰る事にした。
静けさが広がる夜の町で半月の空を見上げながらヴィンセントは呟く。

「私は何をしているのだろうな」

そう呟く声と表情は後ろ向きなものではなく、呆れながらも楽しんでいるようなものだった。
適度な距離を保っていたかと思えば急に近くなったり元に戻ったり・・・曖昧な距離を楽しんでいる自分がいる。
本当は目を背けているものを認めて距離を詰めたいけれど、どうしても今のこの状態をもう少しだけ楽しみたいと願わずにはいられない。
もう少しだけからかった時のユフィの反応を楽しみたいのだ。
あんな風に顔を赤くするユフィを―――。

「正面から狼に送られるのはいつになるか」

曖昧な距離を楽しみつつも、そちらの方もほんの少しだけ期待するヴィンセントであった。











END
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