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□雨が止むのを二人で待ちたい
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休憩を兼ねた昼食を終えた頃の天気はあまり良いものではなかった。
急に分厚い雲が太陽を覆い隠し、常夏の海岸に影を落とした。
からっとした温かい風は冷たい風に変わり、その風に吹かれて海面は荒々しい波を立てている。
湿った匂いに一雨来るのがすぐに分かった。

「一雨降るな」
「ああ。引き上げた方が良さそうだ」
「えー?もう上がっちゃうの?」
「海が荒れてきてるだろう?この状態で泳いだら危険だ」

不満そうにするデンゼルをクラウドが宥める。
まだまだ遊びたい気持ちは分かるがこの荒れ具合ではそうもいかない。
現にライフセイバーの男性が拡声器で海から上がるようにと呼びかけている。
海を侮っていると本当に命を奪われ兼ねないのでここは大人しく上がるのが賢い選択だ。
パラソルを畳むのを手伝おうとした時、マリンの慌てたような声が耳に届いた。

「あーっ!ビーチボールが!」
「行くなマリン!危ねぇぞ!」
「でもとーちゃんに買ってもらったビーチボールだよ!!」
「また今度買ってやるから諦めるんだ!海はとっても危険なんだぞ!」
「でも!」

波に流されてどんどん沖の方へと流されていくモーグリの顔が描かれたビーチボールに手を伸ばすマリンの片腕をバレットが掴んで引き止める。
普通の人からしてみればたかがビーチボール。
しかしマリンからしてみれば大好きな父親に買ってもらった大切なビーチボールだ。
だが小さな体で取りに行くにはあまりにも危険過ぎる。
バレットはマリンを引き止めるのに忙しいだろうからここは自分が行くしかないだろう。
最悪ブリザドを使って自分の周りを凍りつかせて波の影響を受けないようにすれば行けない事もない。
二人に代わって取りに行こうと申し出ようとした時、一足早く別の人物がそれを買って出た。

「アタシが取りに行く!」

ユフィだ。
彼女は勇ましく言い放つと忍らしい素早さで海に駆け込む。
バレットやシドの止める声など耳に入らないらしく、ビーチボールを追いかけてどんどん海の中へ入って行ってしまう。

「ユフィ!」
「私が行ってくる。クラウドたちは先に戻っていてくれ」

ユフィを追いかけようとするクラウドを手で制して自分が行くと名乗り出る。
クラウドは数秒見つめてきた後、「頼んでいいんだな?」と尋ねてきたので無言で頷いて返した。

「気をつけろよ」
「分かっている」

段々と荒々しさを増して行く海に足を踏み入れ、ユフィを追いかける。
遠くでライフセイバーの引き止める声が響くが今はそんなものを聞いている場合ではない。
進むたびに増して行く海水の重みと波による反動。
それらの所為で前に進む速度はどんどん重くなり、体の自由も効かなくなってくる。
しかしそれはユフィも同じようで、あちらこちらへと波に流されるビーチボールを追いかけて右に左に動いて捕まえようとする度にその手は空を切った。
ユフィがそうしてボールと格闘している間に距離は縮まり、漸く後ろから肩を掴めるくらいの距離まで来た。
だが―――

「・・・よしっ!捕まえたぞ〜!って!?」

やっとの思いでビーチボールを捕まえたユフィに横から少し大きめの波が覆い被さろうとする。
それに気付いたユフィはビーチボールを片腕で抱きしめ、もう片方の腕で波を受け止めようした。
それにヴィンセントが危ない、と思うのと同時に身体を動かして壁になるようにしてユフィの横に立った。
肩越しに僅かに波が溢れてしまったがそれでも大部分は防げたと思う。
ユフィはユフィで、いつまで立ってもやってこない波を不思議に思ったのか、恐る恐る目を開けてヴィンセントの姿を捉えて驚いた。

「ヴィンセント!?な、なんで・・・」
「お前が一人で海に入って行ったから追いかけて来た」
「追いかけて来た!?危ないじゃん!」
「それはお前にも言える事だが?」
「アタシは水神様の鱗があるもん。それにマテリアも」

そう言ってユフィは水神の鱗が付いたブレスレットとリヴァイアサンのマテリアをヴィンセントに見せた。
ウータイの宝である水神の鱗をアクセサリーにしていたという驚きは置いて、ヴィンセントはなるほど、と感心する。
だが納得はしなかった。

「お前たちは信奉する水神を信用していてもそうでない私達からしてみれば悪いが当てにならない」
「でもそーいう思想とか抜きにしてもリヴァイアサンのマテリア使えばなんとかなるし」
「使う前に波にやられて失くしたらどうするつもりだ」
「それは・・・」
「とにかく話は後だ。上がるぞ」
「そーだね。でもちょっと遠くまで来ちゃったよ」

言われて辺りを見渡せば元来た陸からそれなりの距離があり、その上かなり横の方へズレてきてしまっていた。
更に今いる場所のすぐ目の前には横に大きく広がる崖があった。
しかし、崖の下の方、海面にギリギリ接していない高さの所に偶然にも大きな洞穴のような穴が空いていた。
このまま戻って行くのは困難な上に時間がかかって危険を伴うだろう。
ならばあの洞穴に避難する他あるまい。
ヴィンセントは早速洞穴についてユフィに提案した。

「ユフィ、一旦あの洞穴に避難するぞ」
「ん、分かった」
「ビーチボールは私が持つ」
「んじゃぁ、お願いするけど無理すんなよ?それからちゃんといるか声かけるから答えろよ!」
「分かった」

ユフィからビーチボールを受け取り、洞穴を目指して移動を開始する。
先頭をユフィにして自分はユフィが流されないように見張る為に後ろから泳いで付いて行く。
横殴りの風と乱れる波に流されそうになるのを堪えながらなんとか進む。

「ヴィンセントちゃんといるー!?」
「ああ」
「溺れてないー!?」
「ああ」
「『ああ』以外で返事してー!!」
「いる」
「二文字だけじゃん!三文字以上で!」
「いるぞ」
「『ぞ』を加えただけじゃん!どんだけ省エネなんだよ!」
「ユフィ、省エネの使い方が違っていると思うぞ」
「ツッコミ入れる時だけ文字数多くなるな!」

至って大真面目な会話だが傍から見ればふざけてるようにしか見えないだろう。
しかしお互いの生存確認にもなっているのでやめたりはしない。
そうした声の掛け合いをしている内にようやっと洞穴の入り口に辿り着き、滑り込むようにして二人でそこに避難した。
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