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□海を楽しみたい
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「あまり急ぐと転んで怪我をするぞ」
「だって今丁度空いてんだもん!暑い中アンタもだらだら並びたくないっしょ?」
「それはそうだが慌てて怪我をして手当てに時間をかける事になっては本末転倒だ」
「細かい事はいーからホラ!おっさーん!トッピングカキ氷一つ!ヴィンセントは?」
「レモン」
「あとレモンカキ氷一つ!」

「あいよ!トッピングは何がいい?」

「えっとー、メロン三つにイチゴ二つ、あと葡萄とバナナとパイナップルとさくらんぼ!シロップはレモンで!」

「豪勢に行くね〜嬢ちゃん!ちょっと待ってな!」

そう言って男は背を向けると店の奥でカキ氷の製作に取り掛かった。
カウンターでまだかまだかと鼻歌を歌いながら待つユフィの隣でメニュー表を見上げる。
メニューには定番のカキ氷の味の他にトッピングカキ氷用のフルーツも載っていた。
その中でもメロンが高かったが約束したのだ、この際見なかった事にする。
しかしそれよりも気になるものがあった。
それは『ラブチェリー』という果物。
項目の下には『カップルにオススメのハート形のさくらんぼ!』と記載されており、カップルをターゲットにしたものであるのが明らかだった。
カップルが多く訪れるコスタだ、成る程上手な商売だと感心する。
ヴィンセントがそうしてメニューを眺めていると奥から二つのカキ氷を持った男が姿を現した。

「はいよ!レモンカキ氷とトッピングカキ氷ね!」

ドン、と置かれた二つのカキ氷の落差に思わず苦笑する。
オマケなのか、ハート形のさくらんぼが乗ったレモンカキ氷と、様々なフルーツが敷き詰めるようにして乗せられたレモンカキ氷。
貧相なカキ氷とゴージャスなカキ氷が並んで貧富の差を現しているようだ。

(・・・ん?ハート形?)

「ちょっ、おっさん!このさくらんぼ、ハート形だけど!?」

ユフィは己のカキ氷を指して慌てたように男に訴える。
見ればユフィのカキ氷にもハート形のさくらんぼが乗せられていた。
確かハート形のさくらんぼは『ラブチェリー』というもので、カップルにオススメの変わったさくらんぼの筈。
そう、カップルにオススメの・・・。

「・・・!?」
「色々注文してくれたオマケだよ!それに美男美女カップルに食べてもらえるといいアピールになるからね!」

呆然とする二人を他所に男は次の客の接客を開始する。
なんと言えばいいか分からず立ち尽くしていると、ユフィの方から動いて促してきた。

「と、溶けちゃうから早く食べよ・・・」
「・・・ああ」

冷たいガラスの器を手に飲食スペースである、パラソルの下のテーブル席に座る。
なんとも言えない空気が二人の間に流れたが、それを振り払うかのようにどちらからともなくカキ氷を食べ始めた。
レモンの酸っぱくも爽やかな味が口内を冷たく癒やしてくれるがこの空気だけは爽やかにしてくれない。
向かい側のユフィをチラリと見やれば頬を赤く染めながら若干俯き気味に葡萄を食べようとしている所であった。
男にあんな事を言われなければ今頃はウキウキで果物やカキ氷を頬張っていただろうに。
これならばお金だけを先に渡してユフィ一人で買いに行かせれば良かった。
それか後払いでもするか。
しかしそんな後悔をした所で時間が戻る訳ではない。
気まずい今の空気が変わることはないのだ。

「・・・・・・腹を壊さないようにな」
「・・・うん」

いつもであれば唇を尖らせて反論をするユフィだが返って来たのは大人しい返事だけ。
自分がもう少しだけ会話上手だったのならこの状況も少しは打破出来たのではないだろうかと思いながらヴィンセントは黙々とカキ氷を食べ続けた。
そうして二人して静かにカキ氷を頬張っていると器の中を満たしていた氷や果物は消え去り、最後に溶けた氷の上で浮かぶハート形のさくらんぼだけが残った。

「・・・食べないのか?」
「・・・ヴィンセントは?」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・せ、折角だからさ・・・食べようよ・・・」
「・・・そうだな」
「せーので食べるよ。せーのっ!」

ユフィの掛け声に合わせてさくらんぼのヘタを摘み、実を口に含んでヘタと切り離す。
種が入っているだろうと慎重に噛んでみるが予想に反して種はその姿を現さなかった。
どうやら種無しらしい。
加えてとても甘いときたものだ。

「・・・甘いな」
「うん・・・それに種無しだね」
「恐らくこれはつい最近出来上がった品種だろうな。去年くらいまでは見た事もなければ聞いた事もない」
「だね〜。それをこんな風に売り出すなんてよくやるよ」
「お前が同じ立場だったとしても同じような事をしていただろう?」
「まーね。カップルってこういうのに釣られやすいし。でもアタシだったらもう一つオマケ付けるね」
「というと?」
「このさくらんぼのヘタを口で上手に結べたらそのカップルはより強く結ばれる、とかさ」
「ふむ、悪くはないが発案者が出来なければ意味がないな」
「出来ますよーだ。見てろよ〜」

ユフィは勝ち気な笑みを浮かべるとヘタを口に含んで結び始めた。
しばらくもごもごと動いていたユフィの口は、しかしすぐに動きを止めてべぇっと舌を出す。
舌の上に乗せられて出てきたヘタは―――綺麗な一つの固結びが施されていた。

「ど〜だ〜?」
「ほう、悪くはないな」
「次、ヴィンセントやってみてよ。アタシにこんだけの事言ったんだからと〜ぜん出来るよね?」
「見てみるか?」

挑戦的に返して自分も同じようにヘタを口に含んで固結びを始めた。
目の前でニヤニヤと私が成功しないのを密かに祈っているであろうユフィの瞳を見つめながら黙々とヘタを結ぶ。
そういえば昔、まだタークスだった頃に同僚とこんな遊びをした記憶がある。
とは言っても自分は半ば強引に巻き込まれた形で、自分を含め男三人でさくらんぼのヘタを口の中で結ぶという異様な光景がそこには広がっていた。
ちなみに結果としては一番最初にヘタを結べたの自分である。
しかもかなり早く。
残りの二人は一時間程挑戦した後、飽きてやめた。

「出来たぞ」

少々はしたないが自分も先程のユフィと同じように舌を出して結ばれたヘタをユフィに見せてみる。
するとユフィは感心したように「おお〜」と感嘆の声を漏らして口の端を上げた。

「やるじゃんヴィンセント」
「このくらいは余裕だ」
「ちなみにさ、さくらんぼのヘタを結べる人ってキスが上手なんだってさ。知ってた?」
「それは初耳だな」
「でもさ、ヴィンセントはキスが上手って事だよね?」
「タークスに所属していれば嫌でも上手くなる」
「ふーん、やっぱり経験済みか」
「そういうお前もキスが上手いという事になるが経験済みなのか?」
「長い付き合いだからアンタは分かってるだろーけどさ、アタシこー見えても身持ち固いんだよねー。
 だから未だに誰ともキスなんてした事はない清廉潔白な美少女で〜す。さくらんぼのヘタは練習したんだよ」
「それの練習をする暇があったらもっと他の練習をするべきなのではないか?」
「なにをー!?」
「それよりそろそろ戻るぞ。スイカ割りが始まるかもしれん」
「あ!そーだスイカ割り!お昼近くにやるって言ってたな、そーいえば!」
「私もやらせてもらえるのだな?」
「もっちろん!むしろやらないとは言わせないからな〜!」

パチンとウィンクするユフィに薄く笑みを浮かべて返す。
良い雰囲気とは似てるようで少し違う空気になったものの、良い情報を得られた。
いつもなら浮足立つ己の心を戒める所だが常夏の陽気でそれもどうでも良い気分になってくる。
たまにはそういう思考の投げ出しもいいものかもしれない。
自分にしては珍しい考えに、けれども悪くないと思いながら軽い足取りでパラソルの下へと向かう。
しかし―――

「おーい!スイカ割り―――」
「もう終わったわよ」
「ええっ!?何でアタシたちの事呼んでくれなかったのさ!?」
「え?だって・・・」

ユフィの耳元で何事かを話すティファを他所に切り分けられたスイカを見下ろす。
形がいくつか歪な物があり、そこが割られた箇所だろうと推測する。
こうなっては仕方ない。
おとなしく腰を下ろしてスイカに手を伸ばそうとするとユフィが「なななナニ言ってんのサ!?」と叫んだ。

「どうした?」
「べべべべべ別に!?何でもない!!」

顔を真赤にして慌てるユフィに首を傾げながらスイカを一口齧ると、小さく崩れたスイカを持ったマリンが隣に座ってきて見上げて来た。

「あのね、スイカは私が割ったんだよ!」
「そうか、よく出来たな」
「うん!ところでヴィンセントはユフィとどんなお話をしてたの?仲が良さそうだったけど」

子供らしく興味津々といった様子で尋ねてくるマリンに小さく笑って短く答えた。

「楽しい話だ」











END
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