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□海を楽しみたい
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「・・・・・・どうした」
「・・・あの、さ・・・見た・・・?」
「・・・前に二人で来た時に」
「っ!!わ、忘れろあれは!ていうか話をはぐらかすな!み、見たのかよ!?」
「お前はどう答えて欲しいんだ」
「それは・・・」

モゴモゴと口ごもるユフィに聞こえないように細く長く息を吐く。
先程までの自分の海パンを脱がそうとしていたユフィが嘘のような振る舞いにヴィンセントは戸惑っていた。
これがギャップというものだろうか。

「前みたいにビンタしなくていいのか」
「それやったらバレちゃうじゃんか!」
「では、お前は今どうしたい?」
「ん・・・嫁に行けなくなったら・・・・・・責任、取れよな・・・」

コツンと胸板に頭をぶつけ、ぐっと体を預けてくるユフィに喉が鳴るのをギリギリの所で止める。
何故こんな事になっているのか。
何故こんな状況になっているのか。
色んな考えが頭の中を巡るばかりでユフィを匿う腕はピクリとも動かない。
いや、動く筈がなかった。
ユフィを匿う腕は役目を終え、いつの間にかユフィを抱きしめる腕へと変わっているからだ。
この腕を解きたくても解けない。
解こうとすれば意に反して拒絶する。
むしろその逆を行って力を入れようとしている。

(この気持ちは・・・)

戸惑い、困り果てるヴィンセントの元に神の救いの手か、はたまた悪魔の絶望の手が差し伸べられる。

「っ!?」

ボンッ!と、スイカデザインのビーチボールがヴィンセントの頭に直撃して小さく跳ねてから海に落ちる。
その後に「すいませーん!」という女性の申し訳なさそうな声が少し離れた所から届いた。

「ヴィ、ヴィンセント、大丈夫?」
「・・・・・・ああ」

疲れたように息を一つ吐いてボールを持ち主に向けて投げてやる。
すると女性は「ありがとうございますー!」と礼を述べて頭を下げたが、ヴィンセントはそれを最後まで見ずに背中を向けて陸へと上がり始めた。
その後ろをユフィが慌てて追いかけた。

「ちょ、ちょっとヴィンセント!」
「・・・」
「もしかして・・・怒ってる?」
「いや、それはない」

本当の事なのですぐに否定した。
ボールをぶつけられた事によって雰囲気が壊され、気分が萎えたのだ。
あのまま続きを出来る人間などいるのだろうか。
少なくともヴィンセントは出来なくてこうやって陸に上がっていく訳だが。

「少し疲れただけだ。私は休憩してくる」
「そう?」
「お前は他の皆と楽しんで来るといい」
「うん・・・分かった」

ユフィは眉を八の字に寄せながらもそのまま背を向けて海へと戻って行った。
対するヴィンセントはパラソルの下に戻ってゆっくり腰を下ろし、遠くの海を眺めた。
あのままの雰囲気が続いていたらどうなっていたかは分からない。
けれどももしかしたらヴィンセントの中で蟠っていた気持ちに一つの区切りがついていたかもしれない。
それなのにあんな邪魔を寄越すとは神様も相当な意地悪らしい。
それともこれはまだその時ではないという天啓なのだろうか?
いや、バカバカしい考えだ。
頭の中のモヤモヤをを吐き出すようにヴィンセントが大きな溜息を吐く。

「よう、楽しんでるか?」

すると、アロハシャツに短パンという如何にもコスタの海を楽しんでいるという風のシドが隣に立ってきた。
彼のシンボルアイテムであるタバコがないのが少々寂しいがコスタの海は全面喫煙禁止なので仕方ない。

「折角来たんだから楽しめよ」
「ああ」
「にしてもオメーが海に入るだなんて珍しいな。なんかいい事でもあったのか?」
「クラウドたちにこのパーカーの事を聞いた。着たまま海に入れるとな」
「あぁそうか、そーいや身体の傷を見られたくなかったんだっけな。
 でもそれだったらよぉ、最初からTシャツでも着て入りゃ良かったんじゃねーか?」
「それでは目立つ。それにTシャツを着たまま入っている者が少ない」
「あーまぁな。そのパーカーが流行り出したのだってつい最近だしなぁ。着心地はどうだ?」
「悪くない」
「そりゃ良かったな。ところでさっきユフィとなんか騒いでたが何やってたんでい?」
「・・・ユフィに水着を脱がされそうになった」
「だっはっはっはっ!!ユフィらしいじゃねぇか!」
「笑い事ではない・・・」

仮にも妙齢の女性がやっていい事ではない。
まして男の海パンを脱がせるなど以ての外だ。
それにもしも脱がす事に成功したとしてその後ユフィは何を・・・いや、盛大に笑ってからかおうとしただろう。
結果は先程のトンデモ事故な訳だが。

「ユフィの奴ももういい年だってのにやってる事はまだまだガキだな」
「あれでは先が思いやられる」
「いや、そうは言ってもアレはアレで成長してるぜ。そりゃ出会った頃はまだまだお子様だったけどよ」
「つまり?」
「心はまだまだガキでも体は成長してるってこった。ほれ、あれを見てみろ」

シドが促す先に目をやると、ユフィが二人の男に囲まれてナンパされていた。
恐らく皆と一緒に遊ぼうとした所を囲まれでもしたのだろう。
シドの言葉からでも察せられるようにユフィはまだ子供っぽい所はあれど身体は大人へと確実に成長していっている。
加えて戦闘で身体を鍛えている事もあり、筋肉が引き締まっていて身体の線は美しい。
足なんかは特にそれが顕著で、太腿などは魅惑的だ。
そんなユフィの色香に惹きつけられて寄ってきた男達に対してヴィンセントの中で小さな怒りが湧き始める。

「しゃーねぇ、俺様がちょっくら―――」
「私が行ってくる」

シドを制して立ち上がり、ユフィの元へ向かう。
下心丸出しでユフィに近付くなどいい度胸だ。
こっちは良い雰囲気を邪魔されて仕方なく切り上げてきたというのにそれを横取りしようとするなんてのは見過ごせない。
ヴィンセントは瞳に静かな怒りの炎を燃やして男たちの背後に立つとユフィの名前を呼んだ。

「ユフィ」
「あ!ヴィンセント!!」

ユフィはヴィンセントの姿を確認するとパッと表情を明るくし、二人の男の間をすり抜けて逞しい腕にしがみついた。

「聞いてよヴィンセント!こいつらってばアンタっていう彼氏がいるアタシのことナンパしてきたんだよ!!」

なるほど、そういう設定か。
潜入任務で別人になりきる事や臨機応変に設定を増やしたり変えたりするヴィンセントにとってユフィの調子に合わせるのは容易い事だった。

「そうか・・・彼女にこれ以上用でもあるのか?」

見せつけるようにしがみつかれていた腕を解き、ユフィの腰を抱き寄せる。
ピクリ、と一瞬身動されたが拒絶はされなかった。
細くくびれている腰はすべすべしていて肌触りがよく、手が滑りそうだ。
撫でたくなる気持ちをなんとか抑えるのに必死だった。

「い、いえ、別に・・・」
「なんだよ、彼氏持ちか・・・」

二人の男はぶつぶつと愚痴を垂れるとその場からそそくさと立ち去って行った。
その姿が人混みに完全に紛れて行くのを見届けてからヴィンセントはユフィを見下ろした。

「大丈夫だったか?」
「へーき、助かったよ!」
「前回はナンパされなかったのに今回は珍しいな」
「前回は早く切り上げたからナンパされなかったんですぅーっ!」
「フッ、そういう事にしておいてやろう」
「むっか〜!そういう事じゃなくて本当に―――」
「それより、カキ氷は食べなくていいのか?」
「へ?カキ氷?」
「見合いを頑張って断る動機が欲しいと言ったのはお前だろう?」
「動機・・・あー!アレか!ヴィンセントってば覚えててくれてたんだ!?」
「お前は忘れていたようだかな」
「今思い出したからいーんだよ。それよかさっきからかった分だけ奢ってもらうからな〜!」

「ホラこっち!」と腕を引っ張られ、ユフィの目当てのカキ氷屋に連れて行かれる。

「とーちゃんあっちあっち!」
「アイスがなくなるよ!」
「ガッハッハッ!そんなに慌てなくてもまだまだある筈だ!ちゃんと何の味を食べるかは決めてあるか?」

マリンとデンゼルに引っ張られて反対方向にあるアイス屋へと歩いて行くバレットの姿に己の今の姿が重なる。
今の自分とユフィの歩く姿はまさにあれだ。
強請る子供とそれに付き合う父親。
もう少し雰囲気のある歩き方は出来ないものかと心の片隅で思う。
かと言ってしおらしく女性らしく振舞うユフィはそれはそれで落ち着かないが。
我儘な自分に内心苦笑しつつ転びかけたユフィの手を引っ張って体勢を整えさせてやった。
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