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□ちょっと変わった夢
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木造の家々が建ち並ぶ花のウータイ。
そこのとある長屋にはヴィンセント=ヴァレンタインという一人の青年が傘を作って売る事を生業としていた。
今日も一人静かに黙々と傘を作っているのだが、そこに一人の少女が騒々しく入ってくる。

「ヴィンセンとー!」
「・・・ユフィか」

少女の名前はユフィ=キサラギ。
商いを営んでいる名家・キサラギ家の一人娘だ。
とある繋がりでヴィンセントはユフィと知り合いになり、こうして交流をしている。
とは言ってもほぼユフィが一方的にヴィンセントの元を訪れているだけだが。

「よっ!ちょーしはどう?」
「見ての通りだ」
「お、相変わらずキレーな傘だね〜。そっちのやつはもう出来上がったやつ?」
「そうだ」
「持ってっていい?」
「ああ、頼む」

壁際に重ねていた三本の傘をユフィは手に取る。
ヴィンセントの作った傘はこうやって定期的にユフィが回収し、そうして売ってもらっている。
要は卸しているのだ。
付き合いも長く、友好的な関係を築いているので一般的な代金よりも少し多めにくれるのでヴィンセントは助かっていた。

「ところでさ、ヴィンセント」
「・・・何だ」
「越後屋と代官が結託して民衆を苦しめてる確かな情報が入ったよ」
「・・・出番か」
「今日の夜、越後屋と代官が高級宿『いふりーと』の『地獄の火炎の間』で密会を開くって」
「分かった」
「・・・ごめん、いつもこんな仕事してもらって」
「私の手が汚れる事で多くの民が救われるならそれに越した事はない」

昼間はしがない傘作り、夜は民を苦しめる悪の輩を暗殺する、それがヴィンセントの表と裏の顔。
ユフィの家、キサラギ家も普段は商家の顔をしているがその裏の顔はお上に仕える忍びの一族である。
城下の様子を報告し、また必要とあらば闇に葬る。
今回の仕事も本来であればユフィがこなすのだが、とある事情によりヴィンセントが請け負ってくれているのだ。
ヴィンセントはユフィに並ならぬ恩があるのだがそれはまた別の機会に。

「その代わり、報酬は弾んでもらうぞ」
「・・・仕方ないから奮発してやるよ!」

可愛らしくウィンクするユフィに薄く笑ってヴィンセントは傘作りの作業を再開した。











そして密会が行われる夜。
影から影へと移り渡り、光に足を踏み入れぬようにして宿を目指す。
辿り着いた宿の周りはやはり見張りが見回っており、警戒をしている。
しかしそんなものはどうって事はない。
隙を突いて鉤縄を使って素早く塀の上へ。
人がいないのを確認してから庭に降り立ち、侵入しようとした所で人の気配がしたのですぐに木の陰に隠れる。

「さってと、お片付けしなくちゃ!」

食器を持った女性が忙しなく廊下を走り去って行く。
それが完全に去った所で改めて様子を伺い、中に侵入する。
勿論廊下をそのまま進んだりはしない。
あらかじめユフィから教えてもらった情報を元に天井裏に忍び込んで『地獄の火炎の間』の上まで移動する。
そうして、ピタリ、と板に耳を当てる。

「お代官様、こちらが本日の山吹色のお菓子になります」
「ほう、これはこれは・・・!これだけのものを用意するのは大変であったろう?」
「いえいえ、お代官様の後ろ盾があればこそでございます!これからもどうぞご贔屓に」
「フッフッフッ・・・越後屋、お主も悪よのう!」
「いえいえ、お代官様ほどでは!」

卑しい高笑いを上げる二人に目を細めつつ口元を布で覆う。
音もなく天井の蓋を開けて越後屋の心臓目掛けて刀を突き刺した。

「ぐはぁっ!?」
「な、何奴!?」

「越後屋に悪代官、民衆を苦しめて甘い汁を啜るその悪行、お天道さまが見逃してもお上は見逃さん」

「ま、まさか貴様―――」

悪代官が全てを言い終わる前にその命を終わらせる。
いつだって命が散る時は儚い。
どれだけの悪徳を積んでいようと終わる時は一瞬。
せめて地獄の閻魔大王の元では永劫の時の呵責を受けている事を祈る。

「さて・・・」

刀に着いた血を越後屋の着物で綺麗に拭き取ってしまう。
そして来た道を辿って宿を脱出する。
宿から二軒離れた所の屋敷の屋根の上に飛び移った所で宿から騒ぎの声が大きくなってきた。

「悪には・・・天誅を・・・」

静かに呟いてヴィンセントは闇夜にその姿を溶け込ませた。






それからしばらくしてヴィンセントは長屋に帰還する。
なるべく音を立てぬように中に入ると―――

「待っていたぞ」

少女のふざけた声が布団の中から聞こえてきた。
呆れてわざとらしく溜息を吐けば「何さその溜息は!」と抗議の声を上げて少女が起き上がる。
少女は就寝用の着物を纏っていた。

「こんな時間に何をしている」
「アンタの為にホーシューを持ってきてやったんじゃん」
「翌日の昼間でも渡せると思うが」
「夜にしか渡せない物があるんだよ!」
「一体どんな物だ」
「見たい?見たいならさ・・・ホラ、来なよ」

妖しい笑みを称えてユフィが手招きをする。
まさか・・・そういう事なのか?
しかし今日の仕事はいつもと変わらない筈なのにこの報酬は貰い過ぎではないだろうか。
いや、報酬とはただの建前で本当は―――。
はしたなくも唾を飲み込み、期待に胸を膨らませる。
一歩一歩覚悟を固めるように足を踏み出してユフィの待つ布団へと近づく。

「ヴィンセント・・・」

期待の眼差しで見つめてくるユフィに煽られて素早く布団に潜り込むと―――何かが足に入って布団に入るのを阻んだ。
固いような、柔らかいような何か・・・。

「・・・ユフィ、これは?」
「ん?これ?これはね―――」











「・・・っ!」

ガバリと起き上がって辺りを見回す。
眼の前に広がる景色は見慣れた自分の部屋で、今いる場所も布団ではなくベッドだ。
勿論、隣にユフィはいない。
むしろいたら大変だ。
ホッと胸をなでおろすが、少し残念な気もする。
いや、ユフィを相手にそんな夢を見ようとするなんてユフィに対して失礼だ。
だからあの先に進まなくて良かった・・・うん、良かったんだ・・・。

「・・・原因はアレか」

テーブルの上に置きっぱなしのレンタルDVDに目を向ける。
それはユフィにオススメされて借りたウータイの時代劇物ドラマ『滅殺お仕置き人』。
これを見て眠ったからあんな夢を見たのだろう。
単純な自分がつくづくおかしい。
でも、単純なら単純で良いかもしれない。

「次はSF映画でも借りてくるか」

そして今度は宇宙人たちと戦う夢でも見よう。
子供っぽい事を考えながらヴィンセントは再び眠りに就くのであうた。











END

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