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□静かに飲みたい
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マンションから少し歩いた所にある路地裏、そこには小さなバーがある。
バーの名前は『ヴィーナス』。
こじんまりとしていて派手すぎず、地味すぎない小洒落た店。
客数は少なめで一人静かに飲むには丁度良く、お気に入りにしようかと思っていた。
そう、数時間前までは・・・。

「それでね〜・・・ちょっとアンタ、聞いてるの?」
「・・・ああ」

一人で飲んでいると、既に出来上がっている女が入ってきたかと思うと標的にされて延々と男の愚痴を聞かされていた。
女はブロンドの髪を振り乱しながら聞いてもいないのに次から次へとベラベラと・・・このマシンガントークはユフィに近いものがある。
だが、そのユフィのマシンガントークのお陰で耐性が身についており、聞き流し方や相槌のタイミングは心得ている。
まさかこんな所でそんなスキルが役に立つとは・・・。
ちなみにこの女性の名前はロベリア。
何故名前を知っているかって?
あっちから勝手に名乗ってきたからだ。

「あ〜も〜いや!!ほんっと男ってのはね〜!アンタどう思う!?」
「男である私に、どうと聞かれてもな・・・」
「そうよね!男なんてみんな同じよね!どうせ若い子が良いのよ!年上の魅力なんて気付かないお子様よね!」
「・・・」
「もういい!今夜はとことん飲むわよ〜!マスター、ウィスキーのストレート宜しく!」
「ロベリアさん、飲み過ぎですよ。今日はその辺にされては如何ですかな」
「じゃあマスターが代わりに私と付き合ってくれるの?」
「申し訳ない、ロベリアさんは高嶺の花であるが故に私は釣り合えない」
「そうよね〜。マスターの好みは背の低い黒髪の女の子ですものね〜」

このロベリアという女、マスターとは顔見知りらしくまるで旧友のように親しく言葉を交わす。
恐らくはいつもこうして酔い潰れてはマシンガントークするロベリアの話をマスターが聞いてあげているのだろう。
こうなればヴィンセントの出る幕はない。
静かにお金を置いて退散するとしよう。

「ちょっと待ちなさいよアンタ。まだ話は終わってないでしょうが」

脱出失敗。
赤マントを強く引っ張られて元の席に座らされる。
当てつけがましく深い溜息を吐いてやれば苦笑いしながらマスターがアクアブルーのカクテルをサービスしてくれた。
仕方ないからもう少し付き合ってやる事にする。

「ねぇねぇ、貴方って赤が好きなの?」
「特別好きという訳ではない」
「あらそうなの〜?真っ赤なマントに真っ赤なバンダナしてるから好きなのかと思ったわ〜。
 あのね、私も赤好きなの。だから貴方とは相性がいいんじゃないかと思って―――」
「ただの思いこみだ」
「あ〜ら冷たい。ま、いいけどね。貴方、私の好みのタイプじゃないし」
「それは何よりだ」
「私の好みはね、物静かでクールでちょっと強面な感じの男の人なの!あ、勿論マスターみたいなダンディな男の人も好みだわ〜!」
「ならマスターにアタックしたらどうだ」
「さっきも言ったでしょ。マスターは他の女の子が好みなんだから。
 ね〜、貴方の知り合いに私の好みにマッチする人いないの〜?」
「いない事もないが既婚者ばかりだ」
「あ〜ら残念。私の春はいつ訪れるのかしら。ところで貴方は好きな人いるの?」
「・・・・・・いや」

昔はいた、というのは言わなかった。
なんだかいつまでも引き摺っている感じがして嫌だった。
やっと決着が着いたのにそんな言い方は未練がましいと思った。
それに余計な事を言ってやたらと詮索されたくない。
ヴィンセントはカクテルを一口煽る事で自分の話題を打ち切った。

「あらそう。まぁ貴方、女性に興味ないって顔してるものね。淡白っぽい」
「・・・」

それは聞き捨てならない。
が、訂正する気はない。

「じゃあ好みのタイプはないの?」
「好み・・・・・・」

言われて考えてみるが、すぐには思いつかない。
ルクレツィアは好みだったから、というよりも一目惚れに近い。
だったらルクレツィアに似た女性が現れたら惚れるかと聞かれれば微妙な所である。
ルクレツィアという人間に惚れたのであって似てる人がいたらそれでいいという訳でもない。
そもそも好みとは何だ?
背が小さい、胸の大小、綺麗、可愛いなどそういう好きな特徴を言うのだろうがヴィンセントの中ではいまいちその好きな特徴というものが出てこない。
簡単な質問の筈なのにヴィンセントにとってはとてつもない難問だった。

「・・・分からない」
「まっ!もしてかして早くも枯れてるの?悟っちゃってるの!?」
「そういう訳ではない。本当に思いつかないだけだ」
「ふ〜ん。まぁいきなり言われても思いつかないわよね」
「・・・だが」
「ん?」
「いや・・・やはり何でもない」
「あらそう」

ロベリアは興味無さそうに返すとグラスの中の氷を軽く揺らしてカランと音を鳴らした。
ヴィンセントが言いかけてやめたもの、それはユフィの事だ。
ふと、あの騒がしい忍者娘を思い出した。
七夕の時にキスをするフリをしてからかったり、お見合いが破談になって安心したり。
これはもしかして、と言いかけた所でやっぱりやめた。
変に盛り上がられておかしな方向に持っていかれる訳にはいかないし、何よりこれはヴィンセントが自分で気付かなければいけない事だ。
いや、気付くのではない、認めるのだ。
ワザと曖昧にして気付かないフリをしているだけで本当は・・・。

「お互い難儀ねぇ。ま、ぼちぼちいきましょう」
「・・・そうだな」

深く突っ込んでこないのは有り難い。
互いにグラスを差し出し合ってカツンとぶつけ合うと飲み干した。

「ねぇ貴方、この店また来る?来てくれたら愚痴聞いて欲しいんだけど。貴方の愚痴も聞いてあげるから」
「・・・考えておこう」
「名前は・・・こんな所で聞くのは無粋ね。赤マントさんって呼ばせてもらうわ」
「好きにしろ」

本当は一人で飲みたい所だが、こういう知り合いがいてもいいだろうと思い、これからはこの店に通う事に決める。
それにしても・・・

「マスターウィスキーおかわり!それから適当なおつまみ出して!」
「ロベリアさん、もう少しお静かにしていただけませんかな?」
「いいじゃない!今私とこの赤マントさんしかいなんだから!」

(煩い・・・)

もう少し静かにしてほしいものだ。











END

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