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□愚痴を聞いてやりたい
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ピークを過ぎた午後のセブンスヘブン。
客の数は少なく、コーヒーを飲んでゆっくりとした時間を過ごしているのが一人か二人いる程度。
そんな中、一人の少女がセブンスヘブンの店主と仲間の男に愚痴を聞いてもらっていた。

「あ〜も〜マジで疲れた〜!」
「お疲れ様、ユフィ。何か飲む?」
「オレンジジュース」
「オレンジジュースね、ちょっと待ってて」

ティファは拭いていた皿を戸棚に戻し、布巾を掛けるとオレンジジュースの準備を始めた。
その間にもユフィの愚痴は続く。

「うっさんくさい奴のうっさんくさい話しをうっさんくさい笑顔で聞かされてさ〜。苦行もいいとこだよ」
「どんな胡散臭い話を聞かされたんだ?」

机に突っ伏すユフィの左隣で新聞を広げながらクラウドが尋ねる。
手元にはコーヒーが置いてあり、その背中は世界を救った英雄と言うよりは休日の父親のそれに近い。

「ウータイは緑豊かでキレーですねーとか、歴史の重みがありますよねーとか、独特の文化には趣がありますねーとか」
「要はお世辞を並べられたって訳か」
「そ〜なんだよ。ユフィさんは可愛いですね〜とか、ユフィさんは綺麗でお美しいですね〜とか、見惚れちゃうな〜とか。
 もう耳にタコでうんざりだよ!そんなのは分かりきってるっつの!!」
「そうかそうか」
「オイコラチョコボ頭、なんでそこだけ棒読みなんだよ」
「気の所為だ」
「嘘つけ―!」
「うおっ!?や、やめろユフィ!!」

怒ったユフィが後ろからクラウドの首に腕を回して締め上げる。
言わんこっちゃない、目に見えていた展開だ。
ヴィンセントは音を立てず静かに笑みを零して熱いブラックコーヒーを口に含む。
こんな平和な一コマが好きだったりする。

「ユフィ、離してあげなさい。ホラ、オレンジジュースとパンケーキよ」
「えっ!?パンケーキ!?」
「ヴィンセントからの奢りよ」
「マジで!?サンキュ〜ヴィンセント〜!」

ユフィはクラウドを解放すると先程までの怒り顔から花のような笑顔を咲かせ、ご機嫌で席についた。
元気になったようで何よりである。

「今回のお見合い相手の人、ユフィには興味なさそうな感じだったの?」
「そんな感じ。アタシよりもウータイにキョーミがあるみたい。ビジネス的な意味でさ」

ザクッと音がしそうなくらい力強くユフィはシロップと生クリームがかかったパンケーキをナイフで切り分ける。
フォークを刺す手にも力がこもっており、体全体で不愉快であった事を伝える。
ただでさえお見合いなんて面倒なものを嫌っているのに自分ではなく愛する祖国・ウータイが目当てだったのが気に触ったのだろう。
この手の輩は今までにも存在していたが、今回は輪をかけて不愉快な相手だったのが伺える。
その証拠にユフィの愚痴が止まらない。

「ウータイにこーいう観光地を設けてみてはどうですかーとか、こういうものを売ってみてはいかがですか−とか。
 よけーなお世話だっつの!ていうかアンタは何しにきたんだよ!!」
「営業トークを聞かされた訳か」
「ユフィはなんて答えたの?」
「別にいいって。そーいう話ししに来たんなら今すぐ帰れって言ってやった」
「お前本当に言ったのか?」
「言って何が悪いのさ」
「色々凄いな・・・それで、相手はなんて返してきたんだ?」
「そんな事言わずにもう少しお話しましょーだってさ。どの面下げて言ってんだか」
「相手も中々に図太い神経の持ち主だったみたいだな」
「でもそれだけしつこかったなら断るの凄く大変だったんじゃない?」
「そーなんだよ〜。何度も何度も断ってよーやく夕方になって帰ったんだよ」
「ユフィの意思を汲み取って、というよりは時間が来たから帰ったっていう感じか」
「どっちにしろ帰ってくれただけでも万々歳だよ。マジで大変だったんだから」

パクっと最後の一切れを食べてユフィはパンケーキを食べ終える。
「はぁ〜美味しかった!ごちそーさま!」と満面の笑顔でそう零すユフィの横顔に嬉しくなる。
パンケーキを奢って良かった。

「でも終わって良かったじゃない。もうその人に会うこともないんだし」
「それもそーだね!もうすぐみんなで海に行く訳だし!」
「海と言えばこの間ヴィンセントの水着を買ったぞ」
「え?マジで!?なんでアタシ抜きで買っちゃうのさ!?」
「逆になんでお前を入れる必要があるんだよ。むしろおかしな水着を選ぶだろ」
「そんな事ありません〜。すっごいセンスの良い水着選びます〜。ねーヴィンセント?」

流石にそこは信じてやれなくて目を逸らす。

「あ〜目ぇ逸らした!!ひっど〜い!」
「お前の普段の行いが悪い所為だな」
「何だと〜チョコボ頭!?」
「ほらほら、喧嘩しないの。ユフィもヴィンセントの水着姿は当日のお楽しみにって事でね?」
「ちょ、何言ってんだよ!?」

ティファが綺麗にウィンクするとユフィは酷く慌てた。
何故自分の水着姿が当日の楽しみなのだろうか?
ティファは自分がどんな水着を買ったか知らないとはいえ、少なくともクラウドからは聞き及んでいる筈。
おかしな格好をさせるつもりなんてティファには絶対ないだろうし・・・一体何なのだろうか。

「それともヴィンセントに試着してもらう?心配しなくても二人っきりに―――」
「あーそうだ!今日買い物に行く用事があったんだ!!急がなきゃじゃーねー!!」

ティファのセリフを掻き消すようにユフィは大声を上げると慌てて席を立って店から出ていってしまう。
嵐が去ったような静けさが店に残ったが、ティファは小さく笑った事でそれは打ち消される。

「フフ、ユフィったら。あ、ヴィンセント、コーヒーのおかわりいる?」

丁度空っぽになったカップを見てティファが気を利かせてくれたが、今日はもういい。
コーヒーとユフィのパンケーキ代を払って店を後にした。



それからそのまま家に帰ろうとした所でユフィとバッタリ出くわした。

「おわっ!ヴィンセント!?」

酷く驚いてユフィは慌てる。
何を慌てる必要があるのだろうか。
静かに首を傾げるとユフィは目線を彷徨わせながら尋ねてきた。

「あ、あのさ!さっきはパンケーキ奢ってくれてありがと!あと、愚痴も聞いてくれありがと。スッキリしたよ!」
「・・・聞いていただけだ」
「聞いてくれてるだけでもスッキリするんだよ。それにアンタが聞いてるだけなのは今に始まった事じゃないし」
「・・・それは褒められているのか?」
「悪口じゃないってば!あ〜あ、それにしてもアタシもヴィンセントの水着選んでやりたかったな〜」
「・・・ビーチサンダルは買っていない」
「へ?」
「水着は買ったがビーチサンダルは買っていない。海では必要だろう?」
「・・・うん!んじゃぁ今から買いに行こうよ!アタシいい店知ってるんだ!」
「常識的なデザインの店で頼む」
「ちゃんと普通の店だっつの!!」

そう言い放つユフィの顔には、けれど笑顔が浮かんでいて本当にスッキリしたようである。

ヴィンセントは―――嬉しかった。












END

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