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□寄り道したい
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やがて船はジュノンの港に到着し、傾きかけている太陽を背に旅行者たちがぞろぞろと降りて行く。
その中にヴィンセントも混じって降りて行き、ジュノンの賑やかな通りに出てきた所で一息つく。
戻ってきた、という自然な気持ちが流れてきて落ち着いた気分になる。
船の上に居た時は真っ直ぐ帰ろうと思っていたが、少し気持ちに余裕が出来たので寄り道してから帰ろうと思う。
ユフィがおにぎりを持たせてくれた事だし、何かおかずを買って帰ろう。
そうと決まればジュノンで一番大きいと噂されるスーパーに入って行く。

中に入るとタイムセールが始まるのか、大勢の主婦が店内にひしめき合っていた。
これは巻き込まれる前にさっさと買ってしまおう。
決断を即時行動に移し、ヴィンセントは迷わず一直線にお惣菜コーナーへ。
大きなスーパーなだけあってか品揃えは豊富で色々と目移りしてしまう。
最近の惣菜というものはなんとも上等なものである。

「・・・これにするか」

チキン南蛮のパックと串カツを手にする。
今日のご飯のお供はこれだ。
偶然空いていたレジに素早く入って会計を済ます。
丁度ヴィンセントの会計が終わるのと同時にタイムセール開始の宣言がなされ、途端に主婦たちが戦士の目つきでセール品に次々と飛び付いて行った。
人間、分野が違うとこうも頼もしくもなり、無力にもなるのか。
命のやり取りをする戦場においてヴィンセントは培ってきたその戦闘能力を発揮出来るが、家計のやり繰りをする戦場においては驚く程無力である。
なにせあの主婦の大群を見ただけで既に戦意喪失しており、あの中に飛び込もうとする気すら起きない。
あの中に飛び込むくらいなら少し高くてもタイムセール前の品を買った方がマシだ。
なんて情けない事を考えながらヴィンセントは戦場に背を向けて敵前逃亡を図る。
が、帰り際にある複数の青年たちの会話が耳に入って足を止めた。

「なー、水着買いに行こうぜー」
「だなー!今年こそコスタで女の子にモテるぞ〜!」

(水着・・・)

そういえば海に入る約束をしていた。
今まで海に入る事を断ってきたから水着なんて持っていなかった。
どうせ寄ったのだし、今もう買ってきてしまおう。
ヴィンセントは進路を変えるとエスカレーターへと足を向け、水着売り場へと直行した。











上った先の水着売り場は時間もあってか比較的空いており、人の数はまばらだった。
これなら気兼ねなく水着を選んで買う事が出来る。
ヴィンセントは案内に従って男性用水着売り場へと足を運んだ。

「さて・・・」

最新の流行りの水着を着たマネキンの前で足を止めてどんなものが流行りかをチェックする。
別に流行に敏感という訳ではないがそれなりの物を買って着ないと特にユフィ辺りがうるさい。
古臭いだとか、時代遅れだとか、大きなお世話だ。
それに対抗して、というのもあるが少しだけ今の時代の物に触れてみてもいいかと思っている。
今を生きているのだから。

「だが・・・これは私には合わないな」

マネキンが履いている三角形の際どい黒の水着。
マネキンの肌の色が日焼け色の所為もあって中々にエグいものがある。
これを履いた自分を想像しようとしてやめた。
ていうか想像したくなかった。
やはり隣の無難な普通の水着で行くとしよう。
膝丈くらいまであるこの水着に―――

「ヴィンセントか?」

聞き慣れた声がして振り返れば、クラウドとデンゼルが少し驚いたような顔をしてそこに立っていた。

「・・・クラウドとデンゼルか。何故ここに?」
「それはこっちのセリフだ。アンタがこんな所にいるなんてどういう風の吹き回しだ?」
「・・・普通に水着を買いに来ただけだが?」
「えっ!?」
「・・・何故そんなに驚く」
「あ、いや・・・すまない。今までずっとアンタがこういう所に来なかったからなんか意外に感じてな。海に入るのか?」
「ユフィにスイカ割りをやらせてもらう約束をしたからな」
「スイカ割り?」
「そうだ。ユフィとそう約束した」
「そうか・・・それは良かった」
「じゃあ、その為に水着を買いに来たんだ?」
「そういう事だ」
「何にするんだ?もしかしてこのギリギリブーメラン・・・?」
「私が履くと本当に思っているのか」
「いや、ただの冗談だ。すまない」

慌てて訂正するクラウドを冷たく睨む。
ならばお前が履いてみろと言おうとしたが、デンゼルが無難なデザインの海パンがかけられているコーナーから紺色の海パンを取ってきた為、それを遮られた。

「ヴィンセント、こういうのどうだ?」
「・・・別の色がいいな」
「じゃあアンタの赤マントにちなんで赤の海パンなんてどうだ?」
「遠慮しておこう」
「なら、これはどうだ?派手すぎないしアンタ好みじゃないか」

そう言ってクラウドが取り出してみせたのは、片方の裾にだけ白い横線が入った黒の海パンだった。
デザインも普通のもので悪目立ちしそうにない。
ヴィンセントはそれを受け取ると鏡の前に立ってそれを軽く自分に当ててみた。
今着ている服と同化してしまうが想像出来るには出来る。
これを履いた自分が砂浜に立っていても・・・うん、おかしくない。
後はそのまま着て海に入れるというパーカーを―――

「ヴィンセントヴィンセント!これなんか合うんじゃないか?」

デンゼルが瞳を輝かせながら黒のパーカーを差し出してくる。
こちらは首紐とファスナーが白色でそれ以外は黒のパーカーだ。
しかし悪くないデザインにヴィンセントは頷いて受け取ると自分にあてがって鏡を見た。

「いいんじゃないか」
「・・・そうだな。会計を済ませてくる」

小さく頷いて早速レジに向かって会計を済ます。
水着を買ったのなんて何年ぶりだろうか。
そもそも海に遊びに行くというイベントすら何年ぶりだろうか。
幼い頃に海に行った記憶はあるがほとんど朧げだ。
タークスになる前後の時だって誰かと、ましてや一人で海に遊びに行った事などない。
だから、海の必需品であるゴーグルを買い忘れそうになってレジ棚にあった黒のゴーグルを慌てて追加購入した。
これで準備万端だと一人満足していると、ティファと何かを買ってもらったらしく、袋を持っているマリンがやってきてクラウドたちと合流する。

「おまたせ」
「あ、ヴィンセントだ〜!」
「ヴィンセントじゃない。ウータイにユフィと一緒に行ってきたんだよね?」
「ああ。ユフィは急用が出来て私だけが先に帰ってきた」
「急用って?」
「・・・見合いだ」
「あぁ・・・じゃあユフィが帰ってきたら愚痴を聞いてあげなくちゃね」
「・・・私の奢りでパンケーキを出してやってくれないか」
「うん、分かった。じゃあホイップクリームをオマケしておくね」
「宜しく頼む」
「ところでヴィンセント、これから俺達はレストランに行くがアンタもどうだ?」
「いや、私はいい。家族水入らずを邪魔しては悪い。それに・・・」

惣菜コーナーで手に入れた戦利品が入った袋を掲げて見せるとクラウドは納得したように「ああ」と頷く。
そう、今日ヴィンセントにはささやかなお供が食卓を盛り上げてくれるのでそれを裏切る訳にはいかないのだ。

「では、私はこれで失礼する」
「ああ、気をつけてな」

挨拶もそこそこにクラウドたちと別れてヴィンセントは店を出た。











そして自宅に到着したヴィンセントはまったりと夕食を摂りながらぼんやりと海に行く日に思いを馳せる。

あまり海で遊んだ事はないがタークスになる関係で泳ぎの技術は身についている。
だからユフィ辺りに勝負を挑まれても問題はない。
そういえばビーチサンダルを買っていない。
太陽で熱せられた砂やそれらに混じって鋭い物や危険な物を踏みつけてしまうから明日にでも買いに行かなければ。
スイカ割りは少し手加減をしてやろう。
割とその気になれば普通に割る事が出来るがそれでは面白くない。
それからお金もいくらか持っていかなければならない。
ユフィにかき氷を奢る約束をした。

「・・・楽しみ、だな」

柄にもなく子供のように呟いてヴィンセントは海の日を待ち遠しく思った。











END
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