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□寄り道したい
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ウータイの七夕祭りは大きな問題が起きることもなく大賑わいの中幕を閉じ、やがて新しい朝を迎える。
空が明るくなり、人々が目覚める頃、ヴィンセントも同じようにして目覚めていた。
木目模様の天井を見つめながら―――。

「・・・」

チラリと隣の家主たるユフィがいないのを確認してから考えを本格化する。
ユフィは朝起きてすぐ、ゴドーに呼ばれたからと言って実家に向かった。
船の出発の時間までには必ず戻ってくると言っていたので、恐らく時間はまだある筈。
その時間を利用してヴィンセントは昨夜の七夕湖でのやり取りを思い返す。
珍しく素直なユフィに調子を狂わされ、仕返しをしたあの夜。
不意打ちをする為にキスをするフリをした時に見えた、戸惑いと不安の中に混じっていた『期待』。
ユフィは軽そうな外見とは裏腹に身持ちは固く、また簡単に他者に自身の体を許すような者ではない。
それなのにユフィはヴィンセントからの口付けに『期待』した。
突き飛ばすことも拒否をすることもなく、ただただされるがままに瞳を閉じて受け入れようとしていた。
その場の勢いに流されて、突然の事で混乱してて、と言われればそれまでだがヴィンセントにはとてもそんな言葉で片付けられるものではなかった。

もしもユフィが本当に期待していたとしたら?
あの時感じた胸の痛みはそんなユフィの期待を裏切るものだと知っていたから?
そもそも何故自分は仕返しをするのにキスをするフリをユフィにしようと思ったのか?
とどのつまり、それは―――

「・・・自惚れが過ぎるな」

軽く息を吐いて頭を横に振る。
そんな事、ある訳がない。
ユフィが自分に対してそんな感情を持っている筈がない。
年の差だってかなりあるし性格や考え方なんてまるで正反対だ。
それに、もしも仮にそうであったとしても自分は―――どうあがいてもユフィと釣り合う事など不可能だ。
大切な人を守れなかった過去、そして魔獣を宿す忌まわしい体。
いくら不老不死の呪いが解けたとは言っても大きな役目を担うユフィの前では一粒の砂と同等の重荷が降りたに過ぎない。
将来ウータイという国を継ぐ義務があるユフィに自分なんて人間はとてもじゃないが相応しくない。
ユフィにはもっと真っ当で十分に釣り合う人間がいる筈だ。
いつかきっと、現れる筈だ・・・。

「た〜だ〜い〜ま〜」

玄関の方から徐々に脱力していくユフィの声が響き、最後にバタンと倒れる音がした。
帰ってきた、と気付いて起き上がり、玄関まで赴く。
予想通りユフィは玄関で俯せになって倒れていた。

「・・・どうした」
「き〜い〜て〜」
「だからどうしたと聞いている」
「・・・親父がね」
「・・・」
「・・・明日見合いしろって」

ジクッと胸が痛む。
別に今に始まった話しではない。
たまにユフィがティファ相手に持ち出して愚痴っているのを聞いてるじゃないか、何を今更。
ヴィンセントは自分の気持ちをそっと心の奥に仕舞い込むと先を促した。

「断ったのか?」
「相手がしつこいからさぁ・・・やれってさぁ・・・」
「匙を投げられたという事か」
「も〜〜や〜〜だ〜〜」

ずりずり這いずって「助けて〜」なんて言いながらユフィが足に纏わり付いて来る。
嫌な気持ちは分からなくもないがヴィンセントにはどうしてもやれない。
そう、昔のようにどうにかしてやれるなんて―――。

(昔と・・・同じ・・・)

「ヴィンセンと〜」
「・・・なんだ」
「動機ちょーだい」
「動機?」
「そ。お見合いを頑張って断って帰るどーき」
「些か不純であると思うが・・・いいだろう。何がいい」
「マテリア〜」
「却下だ」
「ちぇ〜」
「・・・海に行った時に何か奢ってやろう」
「マジ?じゃあカキ氷!フルーツモリモリトッピング出来るやつね!」
「そんな店あるのか?」
「あるんだな〜これが。ちょ〜〜〜っと高くつくんだけどさ・・・奢ってよ?」
「・・・仕方あるまい」
「やりぃ!さっすがヴィンセント!!そうと決まったら明日のお見合い断るぞ〜!」

ユフィは途端に元気になると立ち上がって「えいえいおー!」と意気込み始めた。
この断るのを張り切る、というのも何か変な気がするがまぁいいだろう。
無理に薦めてもユフィは嫌がるし、自分も納得がいかない。
ユフィが納得出来る相手が現れるまで出来る限り手助けしてやろう。
そう、ヴィンセントは心の中で静かに決意した。






さて、ユフィの見合いが決まってしまった事によりユフィは帰宅が不可能になり、ヴィンセント一人が船に乗って帰る事となった。
現在は見送りの時にユフィが持たせてくれたおにぎりの入った弁当箱をカバンの中に入れて遠くなって行くウータイをただ一人静かに見つめている。
終わってこっちに帰ってきたらきっと見合いの愚痴をこぼすのだろうと思うと今から少しだけ苦笑が漏れる。

(パンケーキくらいは奢ってやるか)

仕方ないからティファと一緒にその愚痴を聞いてやろうと小さな予定を決めた。
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