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□七夕を楽しみたい
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『亀道楽のきまぐれメニューの天丼を食べたい』

「・・・これにするとしよう」
「・・,あんたがそれでいいならいいよ。今度食べに行こっか」
「きまぐれなのだろう?」
「日替わり定食が天ぷらの時で、常連だったら頼めば作ってくれるよ。アタシが頼んでやるよ」
「ああ、頼む」

早速叶う小さな願いに、しかしヴィンセントは満足した。
短冊を手頃な高さの笹の葉に飾り付け、その後軽く境内を見回す。
境内も観光客で賑わっていたがなんだかカップルが多い気がした。
これもウータイに伝わる七夕伝説の影響なのだろうか。

「・・・カップルばかりだな」
「あっちの恋愛祈願用の短冊に用があるんでしょ」

そう言ってユフィは反対側の短冊を指差す。
追って見てみればその短冊には沢山のカップルや女性が群がっていた。

「効果はあるのか?」
「さぁ?あるんじゃない?ちなみに円満のお守りや恋愛成就のお守りとかあっちで売ってるよ。
 なんなら神主お墨付きの短冊が500ギルで売ってるけど」
「・・・商魂逞しいな」
「ま、これもウータイの復興の一環って事で!」
「・・・」
「それよかヴィンセントは書かないの?可愛い彼女がほしい〜って」
「・・・今は遠慮しておく」
「今はって事はいつか欲しいってこと?」
「それは分からんが、可能性はなくはない」
「ふぅん・・・」

絶対作らない・作れないとは言い切れないが、恐らく難しいだろうとは思う。
やはり恋愛には多少のトラウマがあるし、カオスが去ったとはいえ、未だ魔獣が体内に残るこんな自分を誰が愛してくれるのだろうか。
もしもでまた誰かに想いを寄せた時に必ずこの魔獣の存在が重荷になる筈だ。
そうなった時に、どうか振り向いて欲しいと思った時に、ここに縋ろうと思う。
困った時の神頼みとはよく言ったものだ。

「なら、尚更頑張らなきゃだね」
「何を頑張るんだ?」
「へっ!?あ、アタシ何か・・・いや、ううん、何でもない!!」
「様子がおかしいが大丈夫か?」
「大丈夫だって!それより!アタシいいとこ知ってんだよ!今からそこ行こ!」

行くとも行かないとも言っていないヴィンセントを置いてユフィはさっさと行こうとしてしまう。
そんなユフィを怪訝に思いながらもヴィンセントは仕方なく後をついて行くことにした。














そうしてユフィに連れてこられた場所は人気のない、端から端まで大きな橋がかかった湖だった。
沢山の蛍が飛び交い、水面には数多の星が映っている。
星を追って空を見上げれば天の川がヴィンセントの視界いっぱいに広がった。
なんと美しい光景だろうか。
祭りに気を取られて気付かなかったが、まさか夜空がこんなにも光り輝いていたとは。
しかもここには自分とユフィ以外誰もいない。
まさに穴場と呼ぶに相応しいだろう。

「どーだー?凄いだろ〜!」
「悪くない光景だ」
「素直に最高の眺めだって言えよ〜。ま、今回は見逃してあげるけど」
「こんな所があったとはな」
「まーね!ウータイの人間しか知らない穴場だよ!」
「その割にはウータイ人がいないみたいだが?」
「ここ危ないからね。普段は水に浸かってて濡れてるから滑りやすいんだよ。
 だからここに来る時は必ず誰かと一緒じゃないとダメって決まってんの」
「普段の水位はどの程度なんだ?」
「んー、この橋が沈むくらい?」

目の前にある橋はかなり大きく長い。
それが沈む程とは一体どれだけ水の満ち引きが激しいのか。
トコトコと橋を渡って行くユフィを追ってヴィンセントも注意を払いながら橋の上を歩く。

「かなりの水で満たされるのだな」
「でも七夕の日が近づくとどんどん水が引いてって七夕当日になるとこーやって橋が完全に顔を出すんだよね〜」
「水の仕組みや理屈は分かっているのか?」
「ぜ〜んぜん。この橋だって謎のままだよ」
「そうなのか?」
「いつ誰が何の為に作ったのかは未だに分かってないんだよ。いつの日からかあったんだってさ」
「・・・不思議だな」
「不思議だよね〜」

橋の真ん中まで来て止まり、二人揃って空を見上げる。
天の川は未だ輝いており、幻想の夜空を見せ続けてくれている。
これを二人で独占出来る事のなんと贅沢な事か。
ユフィは欄干に両腕を置いて天の川をぼんやりと眺めながら話を続ける。

「でもさ、七夕の日に水が引いて橋が出るからきっと七夕関係だろうって言われてるんだよね。
 織姫と彦星は実在したんじゃないかってさ」
「それは・・・夢のある話だな」
「だろ〜?そんでさ、いつからかこの湖は七夕湖なんて呼ばれるようになったんだ」
「安直な名付けだ」
「こらそこ!夢がな〜い!」
「思った事を口にしたまでだ」
「そ〜んな夢のない事を言う奴にはこの湖にまつわる噂を教えてやんないよ〜だ!」
「別に興味はない」
「つまんないなぁ、もう!」

呆れたように息を吐くユフィに対してヴィンセントは苦笑交じりにフッと息を吐く。
これがもしも恋人同士であればこの橋で愛を語らえただろうに、生憎自分とユフィはそんな関係ではない。
きっと天の川で一年ぶりの逢瀬を交わしている織姫と彦星がこちらを見下ろして笑っている事だろう。
柄にもなくそんな冗談を思いついて心の中で小さく笑う。
いつからこんな事を思いつくようになったのか。
それもこれもユフィや仲間たちと交流を持ったからに違いないとヴィンセントは結論付ける。
だが、悪い気はしない。

「ふぁ〜あ」
「そろそろ帰るか」
「だね〜」

欠伸をして眠たげにするユフィを気遣って帰る提案をする。
ユフィが眠た気に目を擦って頷いた後に二人並んでユフィの家に帰った。















深夜の時間。
ヴィンセントはふと目を覚ます。
気配がないのを感じて隣を見れば・・・寝ている筈のユフィの姿がなかった。
トレイか?と思って意識を集中させてみても家中のどこからもユフィは気配はしない。
気になって起き上がり、電気を点ける。
が、メモ書きなどのそれらしい物は見当たらず。
ならばと思って居間に足を運ぶと―――メモを見つけた。

『七夕湖に散歩に行ってくるね〜  美少女くノ一・ユフィちゃんより』

ユフィらしい筆跡と共に簡単な可愛らしいネコの絵文字がメモに書かれていた。

「一人で行くのは危ないのではなかったのか」

やれやれ、といった風に苦笑交じりに息を吐くとヴィンセントは外に出る準備をした。











訪れた七夕湖は数時間前と変わらず幻想的で美しく光り輝いていた。
一年に一度しか見れらないという儚さがこの湖の貴重さと尊さを物語っている。
さてユフィはどこだと見渡すと―――ユフィは橋を渡った先でこちらに背を向けて佇んていた。

(無事なようだな)

地面は滑りやすく、足を滑らせて湖に落ちていないかと心配していた。
それにいくらユフィの愛する故郷であるウータイとはいえ、ここに住む全員が善人とは限らない。
観光客だって来ている事だし、どんな人間が現れて襲って来るか分かったものではない。
この辺は少々言い聞かせておかなければ。
そう決めて橋に一歩踏み出した瞬間、びちゃん、と水の跳ねる音がして驚く。
見下ろせば橋の床が僅かに水に浸っていた。
すぐにマイフォンで時間を確認すると時刻は午前0時5分。
まさか七夕を過ぎるとすぐに浸水してしまうのか。
多少危険ではあるが遠回りしている暇はない。
ヴィンセントはそのまま橋の上を歩いてユフィの名を呼ぶ。

「ユフィ」

遠くから名を呼んだがユフィは忍びであるから聞こえている筈。
ほら、気がついてこちらを振り返った。
―――とても嬉しそうな顔で。

「ヴィンセント!」

ユフィが嬉しそうに名前を呼んでくる。
探しに来てくれた事がそんなにも嬉しかったのだろうか。
一度大きく手を振ってからユフィは元気に橋の上を駆けてくる。
だが、そんな風に走ってしまうと―――

「うわっ!?うわわわわわぁっ!!?」

ドシン!と盛大に橋の上を転げて・・・しまった。
呆れからワザと大きく息を吐いてユフィの元まで落ち着いた足取りで歩み寄る。

「急に走るからそうなる」
「うぅ・・・だって・・・」
「それに一人で来てはいけないと言ったのは誰だ」
「だって・・・」

顔を背けてユフィはごにょごにょと口籠る。
何を言おうとしていたのか知らないがこれは見過ごせない。
かと言ってこのまま小言を続けた所でユフィが意地を張って言い合いに発展するだけだろう。
不毛な争いを避けつつ、けれども説教をする事を忘れずに言い聞かせる。

「何があるのか知らんが危険だと言われる所に一人で来るな。ここは滑りやすいし浸水も始まっている。何かあってからでは遅い」
「分かってるよ・・・心配してくれてありがと」

てっきり反論して来るだろうと思っていたら小さな笑顔を返されて面食らう。
そうしてヴィンセントが小さく固まっているとユフィは自力で立ち上がり、促してきた。

「んじゃ、帰ろっか」
「・・・そうだな」

漸く動けるようになり、ややぎこちないながらもユフィの隣を歩く。
このユフィは本当にいつものユフィなのだろかと横顔を盗み見るがやっぱりいつものユフィで。
調子を狂わされたみたいでなんだか悔しさにも似た気持ちが腹に居座って心地が悪い。
・・・少しだけ仕返しをしてやろう。

「うひゃ〜、大分水が満ちて来てるね〜」
「・・・そうだな」

先程よりも増している水位に驚きの声を上げるユフィを他所にひとっ飛びで対岸へ飛び移る。
パシャン、と小さく水を飛び跳ねさせて後ろを振り返り、同じくひとっ飛びしようとしたユフィに手を差し出す。

「お、サンキュー」

革の手袋を嵌めた手に確かにユフィが手を乗せたのを感じてから一気にその手を引き寄せる。
準備をしていたユフィはその勢いに乗って対岸へと飛び移った。
―――ヴィンセントの腕の中へ。

「・・・あ、あれ?」

キョトンと目を瞬かせ、段々と状況を把握して驚いたような表情を浮かべていくユフィ。
望んだ通りの反応に内心ほくそ笑み、それを悟られないように仕返しを続行する。

「ヴィ、ヴィンセント・・・?」
「・・・ユフィ・・・」

意図的に優しく名前を呼び、頰に手を添えて上向かせる。
月の光を受けてハッキリと照らされるユフィの顔がみるみるうちに赤く染まっていくのが分かる。
黒の瞳は戸惑いと不安―――そして小さな期待に揺れ動く。
その小さな期待の色に胸がチクリと痛むがこの際無視して仕返しを続行する。
お互いの吐息がぶつかり合うところまで顔を近づけてユフィを追い詰める。
耐えきれなくなったユフィが瞳を閉じた所で今度こそ口元に笑みを浮かべ―――鼻を摘んでやった。

「むぎゅっ」

あまりのマヌケな声に思わず噴き出す。

「クッ・・・クク・・・ハハハッ・・・」
「な、ちょっ・・・からかったな〜!?」
「・・・仕返しだ・・・ククク・・・」
「はぁっ!?何の仕返しだよ!!」
「・・・帰るぞ」
「あっ!コラ!待てヴィンセント!!」

未だ笑いを抑えられず肩を震わせて笑う。
それをユフィが恥ずかしさ混じりに抗議してくるがそんなものは耳に入れてやらない。
これは調子を狂わせて来た仕返しなのだから。


珍しくも子供っぽい事をしたものだと己に驚きつつもそれを楽しむヴィンセントだった。











END
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