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□七夕を楽しみたい
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ユフィに誘われてやって来たウータイは朝から賑わっていた。
朝なのでまだ祭りは始まっていなかったが、それでも祭りが始まるという感じで皆浮き足立っているのが見ていて分かった。
そんな祭りの準備でウータイの人々が走り回る中、ユフィも忙しそうにしていた。
準備は準備でも、祭りで上演する演劇の準備だが。
ウータイで昔から語り継がれている七夕のお伽話の演劇らしく、ユフィはその話の中に登場する織姫という女性を演じる。
数ヶ月前からそのお芝居に向けて密かに練習をしていたのだとか。

『アタシの演技に見惚れるなよ〜?』

なんてからかい混じりに言っていたユフィが今じゃその織姫とやらになりきって真面目に演技に取り組んでいる。
現在時刻は夕方を過ぎたくらいで、もう間も無く夜という時間になりつつある。
大きな会場の観客席は祭りを聞きつけてやってきた観光客で埋め尽くされており、空いている席などありそうにもない。
そんな中でヴィンセントは遠過ぎず近過ぎず、そしてど真ん中という最高の席に座っていた。
この席はユフィが用意してくれたものだ。
心の中で感謝しつつ演劇を静かに眺める。

「彼に逢いたい、彼の声を聞きたい、彼に名を呼んで欲しい・・・また、あの声で私の名を・・・」

真に迫るユフィの演技に触発されて涙を流す観客がチラホラ。
ヴィンセントからしてみれば流石はユフィだと小さく苦笑する。
見え透いた嘘を吐く事もあるがこういった演技は得意だというのは近しい者でしか分からない事だが。
それから程なくして演劇は恙無く幕を閉じ、拍手喝采の中、終わりを迎えた。
会場の裏口で待ち合わせる約束をしており、ヴィンセントは一人そこでユフィが出てくるのを待っていた。
すると―――

「んじゃおつかれー」

他の役者や関係者に挨拶をしながらユフィが裏口の扉から出てくる。
格好は織姫の衣装からいつもの軽装に変わっていた。
演劇用の衣装だから当然なのだが、少しギャップというものを感じざるを得ない。
着物を着た織姫のユフィは奥ゆかしさがってウータイで言うところの大和撫子というのを体現していた。
着るもの一つでこんなにも変わるものかと思うが、もしかしたらユフィ自身が秘めていたウータイ人としての魅力が引き出されたのかもしれない。
しかし本人はそれを普段は軽装をして隠している。
このギャップの上手な使い分けを本人は無自覚でやっているなだろうが、なんとも恐ろしい話である。

「よっ!おまたせ〜!」
「行くか」
「うん!まずは神社からね!」

先を歩き始めるユフィを追って隣を歩く。
その最中にユフィが本日の演劇についての感想を求めて来る。

「どーだった?七夕伝説の演劇」
「中々楽しめた」
「と〜ぜ〜ん!なんたってこのユフィちゃんが役者を務めてるんだから楽しいに決まってんじゃん!」
「そうだな、中々の役者魂だった。あれでは誰もが騙されるというものだ」
「なんかすっごいムカつくんですけど?」
「一応は褒めている。なんと言ってもその演技力を以って見事にマテリアを一つ残らず強奪したのだからな」
「んなっ!?まだあの時のこと引きずってんのかよ!悪かったってば!」
「本当にあの時は苦労した・・・特に『かいふく』のマテリアを持っていかれたのが痛手だったな」
「だ〜か〜ら〜!悪かったって言ってんだろ!!」
「さて、どうするか」

いい歳して大人気ないとも思われるが楽しいのだから仕方ない。
コロコロ変わる表情、分かり易い反応、すぐに取れる機嫌、気心が知れた仲間である事も手伝って遠慮なくからかえる。
ある意味、自分にとっては貴重な存在かもしれない、と思う。
勿論それは他の仲間にも言える事だが決定的に違うのは接する時の気持ちだ。
クラウドたちに対しては普段と変わらず、ちゃんと大人としての接し方をする。
だが、ユフィに対しては大人として接する事もあれば、けれどもどちらかと言うと子供へ接するような、妹へ接するような、そんな感じ。
子供へ接するような、とは言ってもマリンとデンゼルと接する時のとはまた違う。

(曖昧だな)

言葉に出来ぬ曖昧なこの距離はなんと呼べばしっくり来るだろうかと思案していると、強くマントを引っ張られて後ろに倒れそうになる。
踏みつけられたか?なんて思いながら振り返るとユフィが頰を膨らませながらがマントを引っ張ってこちらを睨んでいた。

「・・・なんだ」
「・・・」

ああ、まだ怒っているのか。

「・・・悪かった」
「・・・たこ焼きとわたあめ奢れ」
「仕方ない・・・」

ご機嫌斜めのままのユフィと歩いても良い事はない。
ヴィンセントは仕方なくユフィの要求を満たしてやる事にした。












「は〜美味しかった!」

望みの物を食べれてユフィは大満足な様子。
そりゃたこ焼きとわたあめの他にジュースとかき氷も買わせたのだから大満足だろうに。
自身が招いた事とはいえ、ヴィンセントはなんだか納得が行かないような複雑な気分だった。

「さ、腹ごしらえも終わった事だし神社に行くよ!」
「何かあるのか?」
「でっかい笹が飾ってあるんだよ。んで、短冊に願い事を書いて吊るすわけ。興味ないとか言ってパスすんなよ〜?」
「・・・分かっている」

何故分かった、という言葉は飲み込む。
先手を打たれた以上は仕方ない、短冊とやらに願い事というものを書くとしよう。
しかし、どんな願いを書いたものか・・・。
祭りの飾り付けの電飾で慎ましく照らされる石段を一歩一歩登りながら考えてみる。
美味いワインが飲みたい・・・その気になれば飲める。
ではそれに似合ったつまみが欲しい・・・これだって普通に手に入るものだ。
銃を整備する為の工具が欲しい・・・いや、これはつい最近良い物を新調したばかりだ。
新しい本が欲しい・・・これも別に今現在、本に飢えてる訳でもない。
願い事を書く、というのは中々に難易度の高いものだと改めて認識する。
本当に何を書こう。

「ヴィンセント!」

名前を呼ばれてハッと我に帰る。
気付けば自分は短冊を書く台の前に立っていて、隣にいるユフィはもう書き終わったのか、黄色の短冊を手にこちらを見上げていた。

「な〜にボーっとしてんだよ?願い事は?ちゃんと書いた?」
「・・・思いつかない」
「はぁ?思いつかない?」
「いきなり願い事を書けと言われても思いつかなくてな」
「アンタってば無欲だな〜。ホントになんかないの?お金持ちになりたいとかマテリア沢山欲しいとかさ〜」
「それはお前だ」
「とにかく!な〜んでもいいんだって!ここの神社って願い事が叶う事で有名なトコだから書いとかないと損だよ?」
「そうは言われても思いつかないものは思いつかない」
「う〜ん、じゃあ壮大なものじゃなくていいからこの際身近なものにすれば?」
「その身近なもので困っている」
「んー、じゃあどっか旅行に行きたいとかは?」
「・・・特にないな」
「食べたいものとか飲みたいものとか」
「それもないな」
「欲しい家具」
「今は間に合ってる」
「どんだけ現状に満足してるんだよ!!」
「いい事だと思うが」
「確かにそうだけど!でもそーじゃなくて!!」

怒り出すユフィだがその気持ちは分かる。
だが、こちらも好きで否定している訳ではないのだ。
夢のない人間とはまさに今の自分の事を言うのだろう。
そんな自分に困り果てつつ何かないかと思案していると・・・

「なぁスケさん、亀道楽の今日のきまぐれメニュー食ったか?」
「おー食ったぞカクさん。ありゃ美味かったな!」
「プリプリのでっけーエビと舞茸、カボチャにサツマイモの天ぷらを贅沢に乗せた天丼だ、そりゃぁうめぇに決まってらぁ!」
「しかも追加料金で天むすを土産にくれるおまけ付きだ!これほど贅沢なもんはねーなぁ!」

横を通り過ぎていくスケさんとカクさんの話をしっかりと聞いていたヴィンセント。
すると彼はすぐにペンを取って願い事を書いた。
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