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□息抜きしたい
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今日はとある村に出張に来た。
いつの間にか迷い込んで来ていた大型のモンスターが繁殖したらしく、常駐の数名のWRO隊員では対応は難しいとの事でヴィンセントとユフィが退治する事になった。
そして現在はその退治も終わって自由時間を満喫しようとしている所である。
でも、その前に宿屋で荷物を置いてから。
そんな訳で二人は『風林火山』という暖簾が掲げられた旅館の前にいた。

「・・・風林火山は確かウータイの言葉だったな」
「宿の人がウータイ出身なんだって」
「なるほどな」
「早速入ろ。お邪魔しま〜す」

ガラガラと戸を横に開けると、木造の柔らかな空気と雰囲気が二人を迎える。
旅館の奥から女将が顔を出して挨拶をした。

「いらっしゃいませ、ようこそ『風林火山』へ」
「予約してたユフィ=キサラギとヴィンセント=ヴァレンタインでーす」
「WROの方ですね、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

物腰丁寧な女将に案内されて二人は和室に案内される。
案内された部屋は広く、また部屋からの眺めも十分な程だった。
それから部屋には風呂があること、夕食の時間にはご飯を運んでくること、大浴場もあることなど簡単な説明をして女将は下がった。
その後、部屋の端に荷物を置いて一服しようとした時―――

「ニャア」

「え?」

猫の鳴き声が聞こえて振り返ると、茶色の猫と黒の猫がキチンとおすわりをして二人を見上げていた。
・・・が、黒猫はすぐに丸くなった。

「お〜!猫じゃ〜ん!」
「何故部屋に猫が?」
「さっきこっそり入ってきたのかな?」
「最初からいたんじゃないか?」
「かな?そーいえば隊員から聞いた話だとこの二匹の猫は旅館の看板猫らしいよ。
 色んなお客さんを呼んでくれるから招き猫でもあるんだって」

そう言いながらユフィは慣れた手つきで茶色の猫を抱っこすると「アタシたちもアンタたちに招かれちゃったか〜」と嬉しそうに呟きながら顎や頭を撫でた。
すると茶色の猫は気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らしてスリスリとユフィに擦り寄った。
人懐っこいのか、それとも単に人馴れしているだけなのか、その猫は凄くユフィに懐いているように見えた。
その光景を微笑ましく思いながらヴィンセントは腰を下ろして黒猫の顎を優しく撫でる。
すると黒猫は小さく「ニー」と鳴くとヴィンセントの手に顔を擦り寄せた。
茶色の猫ほど甘えてはこないものの体を寄せてきて信頼を見せてくる。
どうやら自分も懐かれたようだ。

「確か名前もあったはず。『あんこ』と『きなこ』だったような」
「『あんこ』と『きなこ』・・・ウータイの甘味だな」
「可愛い名前だよね。多分こっちの茶色の猫が『きなこ』でそっちの黒猫が『あんこ』だね。
 でもそろそろ女将さんの所に戻してあげないと心配するだろうか帰してあげないとね」

猫による癒しもつかの間、女将を呼んだユフィによって二匹の猫は回収されてしまった。
別れるのは自分もユフィも二匹の猫も寂しかったが仕方ない。
せめて帰りに別れの挨拶をして帰ろうとユフィと決めた。

「さってと、アタシ大浴場に入ってくるけどヴィンセントはどーする?」
「部屋の風呂に入る」
「今ならマテリア一個で背中を流してあげるサービスあるけどどう?」
「遠慮する」
「ちぇー、つまんないのっ」

ユフィは唇を尖らせると浴衣とタオルと下着を取り出すと部屋を出て行った。
その後にヴィンセントも同じように三点セットを取り出すと風呂に足を運んだ。
いつもだったらシャワーで済ます所だが今日は旅館に来ているのだし、ゆっくり湯船に浸かる事にする。
先に蛇口を捻って湯を沸かし、その間に服を脱ぐ。

「・・・」

ふと横を向いて鏡に映る自分の体を見る。
醜く痛々しい縫合の痕。
その傷の一つ一つがヴィンセントの罪だった。
過去の清算が出来たからといってこの傷が消える事はない。
そしてそれらとは別にこの傷を見る度に宝条への憎しみが思い出される。
温泉で体に傷跡を持つ者が入っているのは珍しい事ではないが、それは戦いによって出来た傷、いわば戦士の勲章。
しかしヴィンセントのは違う。
尊敬する人を守れなかった弱さと宝条如きにやられてしまったという戦士としての甘さ。
情けなくて恥ずかしくて、心許す仲間以外の他人の前に晒すなんて到底出来そうにもない。

(・・・忘れよう)

もう、悪夢は終わったのだ。
それに折角沸かした湯船が台無しになる。
ヴィンセントはさっさと服を脱ぐと熱々の湯船が待つ浴室に足を踏み入れるのだった。












「ふぅ・・・」

任務で着いた埃や汚れを洗い流し終わり、ゆっくりと湯船に身を沈めていく。
ヴィンセントが体を沈めていくごとに水位は上がり、やがて湯船からザバァっとお湯が溢れ出す。
同時に熱々のお湯に全身が浸かったことにより、急激に体温が上がってくる。
しかし数分もすればそれも慣れてきて今では丁度良い温度となっている。

「たまには湯船も悪くないな」

ザバッと両腕を出して縁に乗せて一人呟く。
程よい温度と水の心地良さに身も心も軽くなり、考えるのが馬鹿らしくなってくる。
今はただこの素晴らしいお湯の布団を堪能していたい。

いつしかヴィンセントは微睡み、揺り籠に揺られているかのような気持ちに浸りながら意識を手放すのであった。
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