1ページ目

□早く帰りたい
1ページ/2ページ

今夜はWRO主催のパーティー。
色とりどりのドレスや下ろしたてのスーツが会場内を彩っている。
その中に混じる香水・化粧・料理の香り。
中々の賑わいを見せているこのパーティーに、しかしヴィンセントは執拗に時計を気にしていた。
時間は19時53分。
あと7分・・・。
いつもであれば7分なんてすぐに経ってしまうのに今日に限っては非常に長く感じられる。
早く7分経過してくれ、というのが今のヴィンセントの一番の願いだった。
そこに―――

「あ、あの!」
「ヴィンセントさん!」

綺麗に着飾った二人の女性がヴィンセントの前に現れる。
頰を赤く染め、シャンパン片手に二人はモジモジと話しかけた。

「宜しければあちらで一緒にお話しませんか?」
「私たちヴィンセントさんのお話が聞きたいんです」

またこれだ。
パーティーが始まってから何度もこの手の誘いをかけてくる女性が後を絶たない。
それになんたって自分なんかの話を聞きたがるのだろうか。
楽しいお喋りがしたいならユフィなどもっと他に話して楽しい相手はいるだろうに。
ややウンザリした気持ちを隠しつつヴィンセントは首を横に振って誘いを断った。

「悪いが他を当たってくれ」
「そうですか・・・」
「残念です」

二人の女性はガックリと肩を落とすとトボトボと歩いて人混みに消えていった。
冷たくしている自覚はあるがだからといってホイホイ誘いに乗っていては身が保たない。
第一ヴィンセントは騒がし過ぎるのが苦手なのだ、無理に行ってもお互い楽しくないだけだ。
さて、改めて時計を見ると時刻は19時55分。
2分は経過したようである。
こうなれば気配を消して感情を無にしてワインをちびちび飲みながら5分経過するのを待つとしよう。

そう決心してヴィンセントはひたすら無言でワインを煽りつつ5分経過するの待った。
気配を消しているせいもあり、周りの人間はまるで自分の存在を認識せず思い思いの時間を過ごしている。
そうやって感情を無にしていると音や声、匂いなどが自分の世界から段々と遮断されていき、自分だけの空間というものが出来上がっていく。
その中においては自分と他の世界との時間の流れが著しく変わったような錯覚に陥る。
自分だけが正常な時間の流れにいて、他はとてもゆったりとした緩やかな時間の流れの中にいるような、そんな感覚。
でも本当は自分が別の時間の流れの中にいて、他の人間の方が正常な流れの中にいるのかもしれない。
全ては錯覚に過ぎないのだが。

そんな風に哲学的空想に浸っていると、ふと時間が気にかかった。
急いで時計を確認すれば、時刻は丁度20時。

「・・・帰るか」

普通の人が見ればとても静かに、しかし彼をよく知る者ならばとても嬉しそうにヴィンセントは呟く。
解放感から足取は軽く、今なら光の速さで帰れそうな勢いだった。
漸く自由になれる、漸く一人になれる、そんな明るいようなそうでないような気持ちにヴィンセントは満たされていた。
そうして堂々と出入り口から出て行こうとした時、クイッとスーツの袖を引っ張られる。
振り返るとそこには―――夜空を思わせるような深い青のドレスを身に纏ったユフィがいた。

「ちょい待ち!ヴィンセントもう帰るの?」
「リーブは20時まで参加してれば後は自由にしていいと言ったからな」
「だからってジャストで帰ることにないじゃん。
 パーティーが始まってからヴィンセント殆ど何も食べてないんだからちょっとはなんか食べてけば?
 折角豪華な料理が沢山並んでるんだからさ!」

パーティー開始と同時にユフィはシェルクとシャルアと一緒に別の所で料理を楽しみつつ話に華を咲かせて盛り上がっていた。
それなのにヴィンセントが料理を食べていない事に気付いていたのに少し驚く。
てっきり忘れられているものだと思っていただけに尚更驚いた。

「・・・あまり食べたい気分ではない。それよりも私は帰らせてもらう」
「あ、ちょっ!待ってよ!」

構わず出て行こうとするヴィンセントをユフィは慌てて追いかける。
ヒールなんかを履いているせいか少し歩きづらいような音が廊下に木霊する。
途中で「うわわっ!」と転びそうな声も聞こえた為、ほんの少しだけ歩くスピードを緩くした。

「・・・私に合わせずとも好きなだけ残ってシェルクたちと話をしていればいいだろう」
「何言ってんのさ。ヴィンセントには大切な役目があるじゃん」
「大切な役目?」
「うん、アタシをおんぶして帰るって役目」
「・・・」

呆れて言葉も出ないとはこの事か。
そして何より、自分におんぶしてもらう予定を組み込んでいた事に驚く。
おんぶさせる理由は靴擦れによる足の負傷とそれによって歩行速度が遅くなるから。
しかしそんなものはケアルで治せばなんとかなりそうなものである。
ヴィンセントは一つ溜息を吐くと思った事を述べた。

「靴擦れが辛いならケアルをかけながら帰れ」
「でも足の疲れはとれないんだもん」
「それは知らん。なんとか頑張って帰れ。大体そのドレス姿でのおんぶはマヌケな構図になるぞ」
「んー、じゃあお姫様抱っこ?」
「・・・本気で言ってるのか?」
「悪かったよ、冗談だよ。でも一緒に帰っていいでしょ?」
「そこは好きにするといい。ご馳走は食べてこなくていいのか?」
「うん、いいよ。もうお腹いっぱいだし。ホラ帰ろ!」

靴擦れの所為で歩き方がぎこちないながらもユフィはご機嫌な足取りで先を歩き始める。
やれやれ、どの辺で根を上げることやら。
ユフィを気にして歩くスピードを緩めてあげるヴィンセントなのであった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ