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□桜を見せたい
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「ヴィンセンとー、今度の休みウータイで花見しよ!」

そう言ってきたのがつい二、三日前のこと。

「ヴィンセンとー、ごめんやっぱ行けなくなった・・・」

そしてこれが今日のセリフ。
どうやらこの数日の間に近場での任務が重なり、ユフィの大嫌いな報告書が積み上がったようである。
それもあってかユフィの瞳は絶望に沈んでいて輝きや希望の光は一切灯っていなかった。
そんなユフィがなんだかとても不憫に見えてならない。

それに、花見は一人では楽しめない。

「報告書が積み上がっているのだろう?」
「うん」
「日頃から小まめ片付けないからこうなる」
「判ってるってばぁ・・・」
「私も手伝うからすぐに片付けるぞ」
「うん・・・っえぇ!?ヴィンセント、手伝ってくれんの!?」
「手助けが無用ならば何もしないが」
「必要必要!すっごい助けて!!」
「ならば早くペンを取れ。なるべく今日中に終わらせるぞ」
「りょーかい!」

ニカッと笑ってユフィは報告書との格闘を開始した。
最初こそ勢いのあったペンを動かす手は途中から失速していき、報告書の仕上がり速度も落ちていった。
それでもペンを置いて投げ出さずに頑張ろうとする姿は健気にすら見える。
それもこれも桜を見に行きたいという執念と想いからくるものだろう。
そんなユフィを心の中でひっそりと褒めて労いの代わりに花見当日に団子でも買ってやろうと決めた。





それから永きに渡る報告書との格闘は終焉を迎え、晴れてユフィは休暇を取得する事に成功した。
開放された時のユフィの表情は、それはそれは大変明るいもので、まるで大きな呪縛から解き放たれたようなものでもあった。
大げさな表現かもしれないが冗談抜きでそのような表情をしていたのである。
一体どれだけ嫌だったのか・・・。

それはともかくとして、現在ヴィンセントはユフィと共にウータイにやってきていた。
ユフィにとって長く辛い船旅を終えてやってきたウータイの自然はみずみずしい緑で彩られており、その中には美しいピンク色の桜が僅かに見え隠れしている。

「やぁっと・・・着いた・・・うっぷ」
「ここで少し休んでいろ。花見用の飲み物や団子を買っておく」
「桜餅も宜しく〜・・・」

酷い船酔いで若干グロッキーになっているユフィをベンチで休ませ、港付近に店を構えている土産屋に入って食べ物と飲み物を調達する。
流石店を開いているだけあって商売魂は強く、桜シーズンに合わせた限定のお土産や花見用の団子や饅頭が売っていた。
桜形の和菓子なんかもあって、きっとユフィが職場やティファたちへのお土産に買うだろうと予想しつつ団子と桜餅、そしてお茶を購入した。
そうしてベンチに戻り、ぐったりとしているユフィの頬に冷たいお茶のペットボトルを当てて冷やしてやる。

「少し飲むか?」
「うん、飲む・・・」

のろのろとした動きでお茶を受け取り、キャップを開けるユフィ。
ペットボトルを傾けて一口飲むと「ぷはぁ」と息を吐いて脱力した。

「生き返った〜。ありがとね」
「まだ休むか?」
「ん〜、いや大丈夫。桜はすぐ散っちゃうから早く見に行こ!」

ぴょんっとベンチから立ち上がると先程の調子の悪さはどこへやら、ユフィは軽い足取りで歩き始めた。
これも切り替えの速さ故か、それとも地上へ上陸出来た事を改めて実感出来たからか。
どちらにせよ、元気が出たようで何よりである。
やれやれといったように、けれども満更でもない笑みを浮かべてヴィンセントもユフィの後を付いて歩き出すのだった。




街へと続く道は桜の木によるアーチが作られており、ウータイ独特の自然芸術に心から感服した。
青空を埋め尽くさんばかりの桜の花びらはまさに満開とうい体を表しており、見ていて飽きる事がない。
むしろずっと見ていたい、そんな気持ちにさせるほどの魅力と儚さを持ち合わせる桜に自分はすっかり虜だと心の中で苦笑する。
しかし上ばかりを見ていては危ない。
ちゃんと前も見て歩かなければと思って前を向いたら今度は桜の花びらのシャワーが視界に入る。
ひらひらと舞い散る姿はまるで蝶のようだ、と月並みな感想が浮かぶ。
それにしても贅沢なシャワーだ。
ウータイ出身であるユフィは毎年このシャワーを浴びているのだと思うと少し羨ましい。
贅沢と言えば視線を下に向けると目に飛び込む桜の絨毯もかなり贅沢だと思う。
折角の綺麗な花びらを踏みつけるのは少々忍びないが、それでも浮足立つ気持ちになる。
360度桜で満たされた世界にヴィンセントは心から満足していた。

「桜綺麗だね〜」
「そうだな」
「しかもピークの時に来れて良かったよ。報告書手伝ってくれてホントありがとね」
「私も桜が見たかったからな」
「んじゃ、存分に堪能してってよ!ウータイの桜は世界一だからサ!それから夜桜も外せないね!
 昼間に見るのとはまた違った魅力があって中々オツだよ?」
「それまでにお前が起きていられたらな」
「ムカつくな〜。子供扱いすんなよ、夜まで普通に起きられるっての!」
「不良娘だからか?」
「ムッカ〜!あーいえばこーいう!そんな事言うやつには美味しい天ぷらの店に連れてってやんないぞ!」
「ククク・・・冗談だ」
「笑ってるじゃん!!」

予想通りの反応を示すユフィが面白くてついからかってしまう。
これ以上はユフィの機嫌を損ねていまうのでそろそろ終わりにしたいのだがどうにも笑いが止まらない。
何か笑いを抑えるものはないかと視線を泳がせた時にユフィの髪に目が止まる。
短い黒髪には桜の花びらがいくつか纏わり付いており、天然の髪飾りを作っていた。
漆黒の髪にピンク色の桜の花びらはよく映えているが流石にこのままという訳にもいかない。

「・・・ユフィ」
「何だよ」
「桜が着いている」

立ち止まり、ユフィの髪に指を通す。
サラサラと指通りの良いそれはいとも簡単にヴィンセントの指を通し、上から下へと滑らかに流れていく。
しかし一度梳くだけでは桜の花びらは全て落ちない。
その後、二度、三度と指を通して桜の花びらを落としていった。
そうして指を通して梳くのが癖になりかけた所で漸く桜の花びらを全て落とす事に成功した。

「全部落としたぞ」
「・・・」
「ユフィ?」

無言のままのユフィが気になって表情を伺えばユフィの頬は―――赤く染まっていた。

「ユフィ、顔が赤い。調子が悪いのか?」
「うぇっ!?べ、別に!なななんでもないよ!」

プイッと顔を背けてユフィはずんずんと前を歩いて行く。
何か癇に障る事でもしただろうかと小さく心配しつつヴィンセントはユフィを追いかけるのだった。
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