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□初日の出を見たい
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おでんを食べた後、街中を歩いて一時間ほど経つ。
電気の点いている家はチラホラとあるが、やはり大半は灯りを落として眠りについている。
真夜中になっても灯りが落ちないのはコンビニくらいだ。
24時間営業の文字を見た時は驚いたものだったが、今はもう慣れた。
さて、このまま街をブラブラと歩いていてもつまらない。
何か面白い事はないだろうか。
「なぁ、初日の出見ないか?」
「見る見る!どこで見る?」
スレ違ったカップルの会話が耳に届く。
(初日の出か・・・)
新年に初日の出なんて、随分拝んでいない気がする。
最後に見たのはいつ頃だろうか。
(見に行くとしよう)
新年の朝を飾るに相応しいだろう。
決めたヴィンセントは初日の出を静かに眺められる場所を探した。
その辺の民家の屋根の上・・・は流石に躊躇われた。
ビルの上も万が一関係者に見つかったら面倒だ。
WROの屋上は、仕事場の屋上なのであまり気が進まない。
そうなると最後の候補は・・・自宅のマンションの屋上か。
部屋の中から見れると言えば見れるが、どうせなら外で初日の出を拝みながら新年の空気を肌で感じたい。
ちなみに屋上は普段は誰も立ち入らないように施錠されているが、ヴィンセントの前ではそんなものは意味を成さない。
場所を決めるとヴィンセントは自宅のマンションへと歩きだすのだった。
マンションへ行く途中、初日の出を拝むお供としてコンビニで缶コーヒーを買った。
最初は熱々だった缶コーヒーも今ではすっかり温くなっており、中身も底を尽きようとしている。
けれどヴィンセントの手と体を温めるには十分な仕事をしたので大義であったと言えよう。
冷たい風が吹く中、ヴィンセントはひたすら日の出を待った。
けれどその甲斐あってか、街の空は徐々に明るくなっていき、朝が訪れようとしている。
「・・・そろそろだな」
左手を手すりの上に乗せて寄りかかり、右手で缶コーヒーの最後の一口を煽る。
そのまま数分眺めていると、ビルとビルの間の大きな隙間、今一番明るい所から光の源が少しずつその顔を覗かせてきた。
徐々に昇っていく太陽は夜の世界を眩く照らし、全てに光を与えていく。
光がある所に影はあり、くっきりと別れている明暗とその境界線がビルや建物に出来て一つの芸術を生み出す。
その光は勿論ヴィンセントにも照らされており、彼の整った美しい顔に光を差す。
その光が、ヴィンセントのこれからの人生を如実に表わしているようで―――
(・・・美しいな)
心の底から、素直に、ヴィンセントはそう思った。
それはあらかじめ用意していた言葉でも適当に言い放った言葉でもない。
月並みの言葉ではあるけれども間違いなくヴィンセント自身の心からの言葉だった。
光で照らされるこれからの人生には影が差す事もあるだろう。
でも、その影の前に屈する事も諦める事ももうない。
ルクレツィアが与えてくれた命、大切な仲間の存在。
それが“人間”となったヴィンセントの支えになる。
「今年がどんな年になるか楽しみだな」
新しい年を楽しみに思った事なんて何年ぶりだろうか。
新しい時を迎えられて嬉しいと思った事なんて何年ぶりだろうか。
ヴィンセントは穏やかな笑みを溢すと、背中に陽の光を受けながら静かに屋上から立ち去った。
END