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□変わった年越しをしたい
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今年ももうすぐ終わる。
一年の流れとは早いものだ。
色々あったが悪くない年だったと思う。
不老不死でなくなってから過ごした時間は有意義であり、また晴れやかな気持ちでもあった。
寿命があるからこそ輝くものはあるのだと感じるばかりだった。

ワイン片手に一年を振り返るヴィンセントだったが、ここでふと思った事が一つ。

(去年と年越しの仕方が変わらないな)

思い返せば去年の年越しもこうして一人ワインを飲んで過ごしていたと思う。
不老不死であった自分にとって新しい一年に大した意味はなく、ただぼんやりと打ち上げられる新年の花火を窓から眺めていただけだった。
だが、今はもう違う。
折角新しい一年にも喜びを見いだせるようになったのだから少し変わった年越しをしたい。

(しかし、どんな年越しをするか・・・)

騒がしいのはあまり好きではない。
派手な事も好きではないし、出来る性質でもない。
仲間はそれぞれの大切な者と年越しをするだろうし、そこに水を差す勇気など持ち合わせていない。
行くあてがないとなると家から出る事も出来ず、結局いつもと変わらぬ年越しになる。
さて、どうしたものか。

困り果てたヴィンセントが何気無く窓の外を眺めると、アパートのすぐ近くに何やら仄かな灯りを纏った屋台が目に入った。
よくよく見ればその屋台には『おでん』と書かれた暖簾が掲げられている。

(悪くないな)

多少地味ではあるがヴィンセントには丁度いい。
今年はおでん屋で年越しをするとしよう。
出かける準備をして財布を持つとヴィンセントは部屋を出た。





「いらっしゃい」

屋台の中に入って横長の木の椅子に座ると、いかにも大将といった感じの頑固そうなオヤジがヴィンセントを迎える。
出された熱々のおしぼりで手を拭きつつおでんを物色する。
大根、チクワ、餅巾着、卵、ガンモ・・・おでんの定番とも言える面子が所狭しと詰められており、美味しそうな香りを漂わせながら湯気を燻らせていた。

「何にしやすか?」
「大根とチクワで頼む」
「あいよ。酒は飲かい?」
「では、ウータイ酒で」
「あいよ」

オヤジは菜箸で大根とチクワを掴み取るとそれを白い皿に乗せてヴィンセントの前に出した。
次にガラスのコップを取り出すと一升瓶を傾けて注ぎ込んで提供した。
割り箸立てから割り箸を一本取り出したヴィンセントはそれを割ると手始めに大根を一口サイズに切り分けた。
大根を切り分けると染み込んでいた汁がジワリと零れ出し、隣のチクワまで侵食して行く。
口の中に放り込めば熱々の大根と程よい味付けの汁が口内に広がり、同時にその熱を持って体内を温めていく。
これの後にウータイ酒で流し込むのがまた格別である。
そうやってヴィンセントが黙々とおてんを食べていると、オヤジがおでんの具材をひっくり返したり漬け込んだりしながら話しかけてきた。

「アンタ、一人かい?」
「ああ」
「そうかい。中々良い顔立ちしてんのに一人なんて意外だなぁ」
「人は顔ではない、という事だ」
「ハハハハハハ!確かにな!特に男は顔で決められる程浅い生き物じゃねぇしな!」

オヤジは豪快に笑いながらヴィンセントのコップに酒を注ぎ足す。
ヴィンセントは薄く笑いながらそれを煽った。

「でもアンタ、悪い奴にゃ見えねぇしそれなりに寄ってくる女はいるだろ?」
「言い寄られても私にその気がない」
「女に興味はねぇってか?」
「それは・・・分からないな。自分でもよく分かっていない」

悲劇が起きるまではルクレツィアと答えていただろうが、今は違う。
今では彼女はヴィンセントにとって敬愛すべき女性であり、また自分の命を救ってくれた大切な恩人である。
恋愛の対象とは程遠い、ある意味神聖な場所に位置する存在だ。
それに相手はあの宝条ではあるもののルクレツィアは人の妻。
ヴィンセントがつけ入る隙などとうの昔に無くなっていたのだ。

「そうかい。でもアンタならすぐに良い女が見つかるだろ。この俺にだってカミさんと娘がいるんだ、きっとすぐだぜ」
「妻と娘がいながら何故大晦日に店をやっている?」
「仕方ねぇだろ、アイドルの年越しライブがあるつって出掛けちまったんだからよぉ!
 もうおでん屋開くしかねぇじゃねぇか!一人で紅白歌合戦のマブちゃん聞いてても涙しかでてこねぇよ!!」
「それは・・・辛いな」
「だろぉ!?そうだろぉ!!俺の気持ち分かってくれてありがとな!餅巾着オマケしてやるよ!」

そう言ってオヤジは熱々の餅巾着をヴィンセントの皿の上に乗せた。
嬉しいオマケにヴィンセントは小さく笑みをこぼし、有り難くいただく事にした。
箸で掴めば餅の十分な柔らかさが伝わり、これは期待できそうだと小さく胸が踊る。
袋の口の部分を齧った瞬間、大きな爆発音が空に響いた。
暖簾を手で掻き分けながら空を見上げると、新年を祝う花火が空を彩っていた。

「新年か」
「あけましておめでとうだな」
「あぁ、あけましておめでとう、だ」
「さて、そろそろ店畳んで帰るかね。いいよな?」
「ああ。美味かった、代金は?」
「500ギルでいいぞ」
「随分適当だな」
「新年なんだ、んな細けぇ事言ってたらつまらねぇ一年の始まりになっちまうだろ」
「なるほどな。では新年に感謝だ」

ヴィンセントは500ギル硬貨を出すとおでん屋を後にした。
これで少し変わった年越しは出来たが、まだ帰る気にはならない。
もう少しどこかで暇つぶしをして新しい年を満喫しよう。

そう、“人間”となって初めて迎える新しい年を―――。













END

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