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□風邪を治したい
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ピロリン♪

「・・・?」

軽快な機械音が耳に届いてヴィンセントはハッと目を覚ます。
音の元を辿れば、ユフィがカーペットの上でスマホを握りしめて体を丸めながら眠っていた。
毛布も何も被らないで寝ていては今の自分のように風邪を引いてしまう。
全く、これではミイラ取りがミイラだ。
ヴィンセントはやや呆れながら起き上がると押入れからタオルケットを取り出すことにした。
しっかりご飯を食べて薬を飲んで眠った所為か、体の気怠さが少しなくなった気がする。
そんな事を考えながらパサリとユフィにタオルケットを掛けてやると、睫毛が僅かに動き、やがて薄く瞼が開いてユフィがヴィンセントを視界に捉えた。

「あ・・・ヴィンセント・・・寝てなきゃダメじゃん・・・」
「目の前で風邪を引きそうな人間を放っておく訳にもいかん」
「アタシは丈夫だから風邪なんて引かないもーん」
「なんとかは風邪を引かない、というやつか」
「おいコラ、そんな事言うとゼリーあげないぞ!」
「ゼリー?」
「そ。風邪で苦しんでるヴィンセントの為にやっさし〜ユフィちゃんがゼリーを買って来てあげたんだ、感謝しろ!!」
「ゼリーか・・・」
「リンゴとメロンとみかんを一個ずつ買って来たけどどれ食べる?」
「・・・リンゴで頼む」

リクエストを口にするとユフィは目を丸くして驚いた。

「えっ!?マジで!?」
「何か不都合でもあるのか?」
「いやいやいや、そうじゃなくて!ヴィンセントが味を選ぶなんて意外だなーって思ってさ。いつものアンタだったら何でもいいって言うとこじゃん」
「リンゴのゼリーは昔から好きでな」

喋りながらベッドに潜って横になる。
やはり今はまだ横になっていた方が楽だ。

「昔ってどのくらい昔?」
「私が子供の頃だ」
「ふーん、子供の頃のヴィンセントはリンゴゼリーが好きだったのか。子供の頃からブラックコーヒーとか飲んでんのかと思ったけど」
「父親の真似をして飲んでいたがな」
「マジで!?」
「慣れるのに時間がかかった」
「あはは、お父さんの真似をしてブラックコーヒーを飲むなんてヴィンセントは可愛いお子ちゃまだね〜」
「未だにカフェオレでしか飲めない子供のお前に言われたくはないな」
「うっさい!アタシは甘いのがいいんだよ!!」

そうやってムキになるところがまだまだ子供だ、なんて言葉は寸での所で飲み込む。
これ以上火に油を注いで機嫌を損ねては面倒だ。
ヴィンセントはユフィの頭をポンポンと撫でると言った。

「とりあえずゼリーは私が次に起きた時でも問題はないか?」
「別にいいけど今じゃなくていいの?」
「夢の中で食べてからにする」
「は?夢の中?」
「幼かった頃の夢をつい先程まで見ていてな・・・ゼリーを食べる寸前でお前の携帯が鳴って目が覚めた」
「あぁ、そう。ごめん・・・」
「気にする事ではない」
「・・・・・・もしも、さ」
「?」
「もしも子供の頃の夢の方が現実で、今この時間が夢だったらヴィンセントはどーする?」

ユフィらしくない哲学的な質問に今度はヴィンセントが目を丸くして驚く。
一体どうしたのだろうかとユフィの顔をまじまじと見つめるが、ユフィは珍しくも真剣な表情でヴィンセントを見つめていた。

「・・・どうする、とは?」
「やっぱり子供の頃の時間に戻りたい?」
「そうだな・・・」

穢れを知らなかった幼少に戻り、やがて運命に導かれて神羅に就職し、タークスとなる。
そこでルクレツィアと出会って彼女の運命を変えられる事が出来るかもしれない。
今度こそ悲劇を回避して、そして・・・

「・・・フッ」
「ヴィンセント?」
「子供に戻ってもここまで到着するのに時間がかかり過ぎるから遠慮させてもらおう」
「じゃあ過去を変えられる可能性があったら?」
「どこまで変えられるかは未知数だ。それに私はこれでも現状に満足している」
「そっか・・・」

ユフィの瞳が嬉しそうに細められる。
ヴィンセントが今いる現実を受け入れ、そして満足している事が伝わったのだろう。
流石の自分でもそこまで未練がましくないし、決着が着いたものを蒸し返すのは面倒だ。
それに―――

「見張っておかなければならない子供もいるのでな」

ぐにに、と白い両頬を引っ張れば、一転して怒ったような瞳と共にユフィが抗議の声を上げた。

「あれがこもろらぁ!!(誰が子供だ!!)」
「この間クラウドのマテリアをくすねようとしたのは誰だ?」
「は、はぁ?られらろうねぇ?(さ、さぁ?誰だろうねぇ?)」
「今度クラウドに忠告しておくとしよう」
「ひょ、ひょっと!(ちょ、ちょっと!)」

おかしな顔のまま目を逸らしたり慌てるユフィがおかしい。
今ここにこんな面白いものがあるというのに過去に戻るのは勿体無い。
このままでいい。
こんな風に気の許せる仲間をからかいながら穏やかに過ごしている今の時間のままでいい。
ユフィをからかう中でそんな事を思いながらヴィンセントは再び眠るのであった。











ふと、浅い眠りから覚める。
すぅすぅという穏やかな寝息が聞こえる方に目を向ければ、タオルケットを被ったユフィがベッドの縁に腕枕を作って静かに眠っていた。
起きている時はあんなに騒がしいのに、今はその影もない。
見ていて飽きないユフィを面白く思いながらヴィンセントは静かに手を伸ばして華奢な手に己の手を重ねた。

どうか、この時間が現実であるように―――。

目が覚めたら、この騒がしい少女の手があるように―――。

祈りにも似た思いを込めてヴィンセントは深い眠りに落ちていくのであった。














END
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