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□風邪を治したい
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朝起きたら酷く気怠かった。
なんだか頭はボーッとするし、体はいつも以上に重い上に若干の寒気がする。
起き上がるのですら億劫だ。
昨日は特別な事などしてないが、この気怠さは一体なんなのだろうか。
それとも何かの病気―――

「・・・風邪か」

病気というキーワードが思い浮かんだ次の瞬間にヴィンセントは今の自分の症状が何なのかに気付く。
ずっとなっていなかったから気付くのが少し遅くなったが、どうやら自分は風邪を引いたようだ。
思えば2、3日前から咳が止まらなかった。
加えてあまりご飯を食べられる気分でもなくて碌に食事なんかしてなかった。
これは風邪になる訳だ。

「・・・今日は休むか」

無理して行っても周りに迷惑をかけるだけだ。
それに今日は特別な任務はないし、休んでも問題ないだろう。
そう決めたヴィンセントは携帯電話に手を伸ばし、アドレス帳を開いてリーブのアドレスを選択し、電話をかけた。
数回のコール音の後、リーブが着信に応える。

『もしもし』
「リーブか、私だ」
『こんな朝早くにどうしたんですか?』
「風邪を引いた。今日は休ませてもらう」
『おや、それは大変ですね。ゆっくり休んで早く治して下さいね。近々貴方にはまた遠征に出てもらう予定ですから』
「今のは聞かなかった事にしておこう」

相変わらずの人使いの荒さに内心溜息を吐きつつ挨拶もそこそこに電話を切る。
気怠い体に鞭を打って薬を飲むとヴィンセントは再びベッドに沈んだ。
寒気のする体とハッキリしない思考を抱えたまま見る夢は果たしてどんなものだろうかと考えながら・・・。













熱に魘され薄っすらと瞼を開けば懐かしい天井がヴィンセントの視界に飛び込んでくる。
こげ茶で黒の木目模様のある、古い家の自分の部屋。
寝る前にはよく木目模様を何かに見立てて楽しむのが日課だが、今は目が潤んでいるせいか模様がハッキリと見えない。
かと言ってあまりの気怠さから視界をハッキリしようとする気にもなれなくてそのままボーッとする。
すると、部屋の扉が開いて女性―――母親が部屋に入ってきた。
手にタオルと水が入っているであろう桶を持ってこちらへ近づいてくる。

「大丈夫?ヴィンセント」

優しい母の声。
視界が霞んでいるせいで顔はよく見えないが、雰囲気からして微笑んでいるのが分かる。
母はギシッとベットを軋ませて縁に座るとヴィンセントの額と自分の額に手を当てて熱を確かめた。

「・・・さっきよりもちょっと熱が上がったみたいね」

心配しながら母はタオルを桶に入っている水に浸すと強く絞ってヴィンセントの額の上に乗せた。
ひんやりと冷たいタオルが高温度になってる額に気持ち良い。
なんだか楽になった気がする。

「お父さんが帰りにゼリー買ってきてくれるって」
「本当・・・?」
「ええ。ヴィンセントの好きなリンゴゼリーを買ってきてくれるそうよ」
「リンゴゼリー・・・!」

リンゴゼリーは大好きだった。
リンゴの甘い香りと味が堪らなく好きで、よくお手伝いしては母に強請っていた。
それに父が買って来るのだからリンゴゼリーが三個食べられるのは確実だろう。
都会では三個で一つのゼリーが売っていてお得なのだと父は言っていた。

「さぁ、もう寝なさい。お父さんが帰ってきて、ヴィンセントが起きてたらゼリーを持ってきてあげるからね」
「うん・・・頑張って起きる」
「フフフ、病気なのに頑張って起きちゃダメよ」

母はクスクスと笑ってヴィンセントの頭を撫でた。
それはまるで魔法のような手で、ヴィンセントは瞬く間に眠りに落ちた。












深い闇の中、ピンポーン♪という間の抜けた音が響いてヴィンセントは覚醒する。
目を開けば白い天井がそこにあった。

(夢か・・・)

寝ぼけ気味な思考で先程の光景が夢であった事を知りつつ、ベッドから起き上がって玄関へと向かう。
少し寝たとは言え、まだ頭はボンヤリとしていて足元はフラつく。
訪問客の対応を終えたらまた風邪薬でも飲むとしよう。
そう思って開けた玄関の扉の先には―――

「よっ!」

ユフィが立っていた。
片方の手には何やら買い物袋が握られている。

「お見舞いに来たよ」
「風邪が移るぞ」
「そんなヤワな体してないっての!それよりご飯はちゃんと食べた?」
「・・・もうそんな時間か?」
「うん。その様子だとさては食べてないだろ?」
「ずっと寝ていたからな」
「寝るのもいいけどしっかり食べなきゃダメでしょ!アタシが雑炊作ってあげるからヴィンセントはベッドで寝てな」

ほらほら、と背中を押されてユフィが強引に中に入って来る。
こうなっては満足するまで帰ってくれないだろう。
それにご飯を作ってくれるのならばそれはそれで有難い。
作るのが億劫だったから作らないで薬だけ飲んで治そうと考えていたところだ。
ユフィの見舞いに感謝しつつヴィンセントはベッドに横になった。。
その間にユフィ'sキッチンが着々と進行する。

「薬は飲んだー?」
「朝に一回だけ」
「何時頃か分かる?」
「・・・7時頃だったように記憶してる」
「今12時半だからそろそろ飲んでも大丈夫な頃だね」

「よし出来た!」という言葉と同時にカチッと火が消される音が鳴る。
カチャカチャと食器を取り出す音がした後に美味しそうな香りと湯気を薫せた雑炊がトレーに乗せられてやってきた。
器が二つあるのを見るに、片方はユフィの分のご飯だろう。
そんな風にして雑炊について考えていると、はしたなくもお腹が「ぐぅ」と空腹を訴えてきた。

「あはは、お腹鳴ってやんの!」
「・・・生理現象だ」
「普通にお腹空いたって言えよ」

ニヤニヤと笑いながらユフィが器とスプーンを手渡して来る。
出来立ての雑炊はヴィンセントの腹の虫を暴れさせるには効果的なくらいに美味しそうだった。

「いっただっきまーす!」
「いただきます」

スプーンで一口分掬い、息を吹きかけて冷ましてから口の中に運ぶ。
柔らかいご飯と程よい味付けの汁が絶妙なハーモニーを奏でていて腹の虫を唸らせる。
腹の虫がもっと寄越せと煩い。

「・・・そういえば、仕事はどうした?」
「んー?特にやる事もないからお休みもらった。任務やら遠征続きで休みらしい休み取れてなかったからおっちゃんに交渉したんだよ。
 そしたら、いいですよって言ってくれてさ」
「そうか・・・折角の休みだというのに私の看病をさせてしまってすまない」
「ヴィンセントが謝る事じゃないって!元はと言えばアタシが勝手に来て勝手に看病してるんだからさ」
「・・・言われてみれば確かにそうだな」
「そ!だからアンタは遠慮なくアタシに甘えていいんだぞ〜?」
「後が面倒そうだから遠慮しておこう」
「おいコラ!!」

ユフィをからかって一人満足し、昼食を終わらせる。
器をユフィに渡して薬を飲むと再び横になった。
ご飯を食べた所為か、体は『満足』というものを認識していてなんだか気持ちが良い。
加えて眠気もすぐそこまで来ている。
何の抵抗もする事なくヴィンセントが睡魔に身を委ねようとした直前、冷たくて柔らかい物が額に置かれた。
それが何かなんて目を開けなくても分かる。

(この気持ち良さは変わらないな)

心地良い冷たさに包まれながらヴィンセントは睡魔に意識を明け渡すのであった。














何やら人の気配がして薄っすらと目を開けると父―――グリモアがベッドの縁に腰掛けて心配そうにこちらを見ていた。

「あぁ、ヴィンセント。起こしてしまったか?」

ゆるゆると頭を横に振ると「そうか」と言ってグリモアは安堵の息を吐く。

「・・・ゼリー・・・」
「ん?」
「リンゴゼリー・・・」
「ハハ、お前というやつは。母さん、リンゴゼリーを持って来てくれないか?」

扉の向こうから「はーい」という母の返事が聞こえて、ヴィンセントは内心小躍りする。
間も無くリンゴゼリーが自分の元にやって来る・・・!

「風邪は良くなったか?」
「・・・まだ体が怠い」
「そうか。早く良くなるといいな」

頭を撫でるグリモアの手は大きく無骨だが、母と同じ優しさを感じる。
ヴィンセントは密かに父と母に頭を撫でられるのが好きだった。
特に父は家を空けがちなので、こうした時に撫でてくれるのは尚更嬉しい。

「リンゴゼリー持って来たわよ」

トレーにリンゴゼリーとスプーンを乗せた母が笑顔で部屋に入って来る。
待ちに待ったリンゴゼリーの到着を聞いてヴィンセントはなんとかして起き上がった。

「フフ、ヴィンセントったら」
「本当は元気なんじゃないのか?」
「・・・まだ体が怠い」
「それはさっき聞いたぞ」

苦笑しながらグリモアがリンゴゼリーとスプーンをヴィンセントに渡す。
ペリペリと蓋を開ければ黄色のゼリーが甘いリンゴの香りを放ってヴィンセントを誘う。
その甘い香りに絡め取られたヴィンセントはまるで操られているかのように無心で一口分を掬い取った。
プルン、と弾けるように揺れるリンゴゼリーは幼いヴィンセントを魅了するには十分過ぎる程に艷やかで魅惑的だった。
己を誘うゼリーを受け入れる為、ヴィンセントは口を開いてリンゴゼリーを迎える。
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