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□散歩して気分転換したい
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ヴィンセントが最初に訪れたのは近くにある公園だった。
なんて行っても大きな木とベンチが置いてあるだけの公園と呼んでもいいかどうか分からないような所だが。
そんなつまらない所だから人の数は少なく、静かなのでヴィンセントからしてみればぼんやり出来るうってつけの場所ではあるが。
いつものベンチに座ってぼんやりと空を眺めれば、隣から「ニャー」という可愛らしい鳴き声が聞こえてきた。

「・・・来たか」

小さく笑って友人を迎える。
するとヴィンセントの友人―――黒猫は返事をするようにもう一度鳴くと小さく飛び上がってシュタッとベンチの上に着地した。
黒猫は小さく欠伸をするとマイペースに寛ぎ始めた。

この黒猫はヴィンセントが今いる家に引っ越して来た時に初めて出来た友達だ。
土地勘を培うのも兼ねてヴィンセントがこの公園に辿り着いてベンチに座った時にこの黒猫はやってきた。
最初は気にせず一人でボーッとしていたヴィンセントだったが、気付けば黒猫が撫でろと言わんばかりに甘えてきたのだ。
強請られるままに撫でれば黒猫は嬉しがり、それ以外の時に構おうとすれば黒猫は嫌がった。
なんとも気まぐれな友人だが、ヴィンセントは嫌いではなかった。
それに猫とはそういう生き物だと知っているだけに尚更許す気持ちになれた。

それ以来、ヴィンセントが公園に来るたびに黒猫はヴィンセントの隣にやって来ては寛いだり甘えたりしてきた。
勿論、黒猫が来ない時もあるが、大体はやって来るのである。

「ニー」

今日も今日とて手に擦り寄ってきて撫でろと甘えて来る黒猫。
ヴィンセントは口の端を緩めて強請られるままに頭を撫でてやった。
耳の後ろを掻き、顎を優しく撫で、背中を上から下へと毛並みを楽しむように撫でる。
この黒猫は野良でありながらも中々の美しさと手触りの良い毛並みを持ち合わせている。
きっとこの近所の猫の世界ではさぞかしモテるだろう。
いつかユフィが言っていた「この猫はモテるね」と言っていた意味がなんとなく分かった気がする。

「・・・では、私はそろそろこれで」

一通り癒された所でヴィンセントは立ち上がり、公園を出た。

「ニャ〜」

「またな〜」とでも言いたげに猫は緩く鳴くと、同じくベンチから降りて草叢の向こうへと姿を消すのであった。


さて、公園を出たヴィンセントが最初に向かったのは本屋だった。
最近新しく出来た本屋で店内は明るく綺麗で様々な本を取り揃えていて、ヴィンセントにとってはお気に入りの本屋だ。
店の中に入れば涼しいクーラーが出迎えてくれるのもポイントが高い。

(何を読むか・・・)

小説のコーナーの前で腕を組んで本棚を眺める。
ヴィンセントの好きなジャンルはミステリー物だが、寄り道して伝記物を読むのも悪くない。
しかしホラー物も捨て難い。

(どれにするか・・・)

時間的にあまり人もいないのでじっくりと考え、悩む事が出来る。
気になる本を見つけては手に取り、表紙やあらすじを眺めて戻す。
ちゃんと頭の中には候補としてインプットされている。
そうして長考の果て、脳内審議を重ねた結果、今回はホラー小説を購入する事に決定した。

「これにするか」

上下巻を手にヴィンセントはレジへと赴く。

そんな彼を本棚の陰から見守る10代の少女の影がひとつ。
黒ぶちの丸メガネに二つのおさげという如何にも文学少女といった風のこの少女はヴィンセントの密かなファンだ。
この後、大きなファンクラブを結成してそのリーダーになるのだが、それをヴィンセントが知る事はない。

「970ギルになりまーす」

財布から1000ギル札を取り出して受け皿の上に置く。
店員の女性は「1000ギルお預かりしまーす」と言うとそれをレジに投入して会計処理をし、出てきた小銭をレシートと共にヴィンセントに渡した。
普段であればここで「ありがとうございましたー」というマニュアル挨拶が返って来るのだが、今回それはない。
どうしたのかと気になって顔を上げると、女性は何やらもじもじと恥ずかしそうな態度を見せていた。

「・・・私の顔に何か付いているか?」
「い、いいえ!とんでもありません!!そそ、それよりも本は好きなんですか!?」
「それなりに」
「よ、良かったら欲しい本とかがあれば入荷しておきますよ!」
「では、その時は宜しく頼む」
「はい!!!」

店内に響くだろうと思われる声量で女性は返事をする。
必然と視線が集まり、注目されることを嫌うヴィンセントはすぐにその場を立ち去った。
新人ではない筈だが、あんなに緊張してどうしたというのだろうか。

(レジ対応は出来ても案内は苦手なのか?)

そんな事を考えながらヴィンセントは一人、スーパーへの道を辿るのであった。











スーパーで滞りなく買い物を済ませたヴィンセントは総菜屋に寄り道していた。
串かつと唐揚げを買って今夜のおかずにするのだ。

「いらっしゃ〜い。あらヴィンセントさんじゃない!」

ショーケースの前に立てば、白の三角巾に赤と白のチェック模様のエプロンを着たおばさんが顔を出す。
そしてヴィンセントを見るなり笑顔で彼を出迎えた。

「どうも」
「元気〜?最近顔だしてなかったから心配してたのよ〜?」
「仕事で遠くに行っていたもので」
「あらそうなの?大変だったわねぇ。ところで今日は何を買うの?」
「串かつを三本と唐揚げを四つ」
「はいよ。お仕事頑張ってきたヴィンセントさんには串かつ代オマケしてあげる!」
「いいのか?」
「いいのよいいのよ、それよりこれからもウチをご贔屓にね!」
「ああ、すまない」

思ってもみなかったサプライズにヴィンセントは内心喜ぶ。
このおばさんは何かと自分に良くしてくれるから嬉しい。
ヴィンセントは総菜の入った茶色の紙袋を抱えたまま帰路を辿り始めるのであった。
背後で何人かの若い女性たちが総菜屋で何かを注文する声が響くが、ヴィンセントの耳にはもう届いていなかった。


こうして今日の外出を終えたヴィンセントは帰宅すると、買ってきた物をしまった。
その途中でお米を研ぎ、タイマー予約をする。
風呂は今日はシャワーでいい。
夕飯を食べ終わったらコーヒーを作り、お菓子を用意して買ってきた小説を読むとしよう。

完璧な夜のプランに一人満足しながらヴィンセントはテレビを点けるのであった。
















オマケ


『ちょっと・・・怖いや・・・』

ベッドの上で仰向けになり、シーツを握り締めるユフィの顔は赤い。
そっと頰に手を添えてやれば嬉しそうに瞳が細められる。

『でも・・・ヴィンセントだから大丈夫だよね・・・痛くしたらショーチしないぞ』

強気な口調にはこの上ない程の甘ったるさが含まれており、ヴィンセントの欲望を加速させる。
ユフィの顔を見ながら足を大きく開かせれば恥じらいの鳴き声が耳に届く。
もっとその声を聞きたくてヴィンセントは―――



「っ!!!!」



チュンチュンチュン、と雀の楽しそうな鳴き声が窓越しに聞こえる爽やかな朝。
天気は快晴で気持ちの良い1日となるだろう。

「・・・勘弁してくれ」

ボフン、とヴィンセントはベッドに沈むのであった。












END
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