1ページ目

□散歩して気分転換したい
1ページ/2ページ

大きなベッドの上に一人の少女がヴィンセントの前に座っていた。
体には何も身につけておらず、薄い白いシーツを体の前に当てているのみであった。

『―――ヴィンセント』

少女―――ユフィはヴィンセントの名を愛おしそうに呟くと、当てていたシーツをぱさりと手放して。
眼前に晒されるは至宝の果実―――。

『全部、ヴィンセントのものだよ・・・』

小さく華奢な手がヴィンセントの手を引いて果実のもとへと導く。
小さく震えている手は、しかしヴィンセントの手を導くのをやめない。
そこには確かに触れて欲しいという強い意志があった。
そしてまた、触れたいと思う自分もここにいる。
思いをシンクロさせる為、ヴィンセントは覚悟を決めて果実をその手に掴もうとする―――。















「っ!!?」

ガバッ!と勢い良く起きて夢から覚める。
チュンチュンチュンと楽しそうに鳴く雀の声とは裏腹にヴィンセントの胸中はなんとも複雑なものだった。

「・・・またか・・・」

重く溜息を吐いて深く頭を抱える。
つい先日のコスタで起きたアクシデント以来、こんな夢を見てばかりだ。
ユフィが夢の中に現れて、布1枚だけというあられもない姿を晒し、甘い声で自分を誘う。
女性と少女の中間にいるユフィはその絶妙なバランスさ故に絶大な色香を放っていた。
あんな風に誘われてしまえばどんな男でもその色香に取り憑かれ、瞬く間にユフィに支配されてしまう事だろう。
そう、例えば夢の中の己のように・・・。

(いや、アレは夢で補正がかかっている筈だ。現実は―――)

元気で自由奔放でまだまだ子供で恋とは無縁で健康的で生命力に溢れていて・・・

(そう、ユフィはこんな感じだ)

水着姿なんかも色っぽいというよりは健康的で、けれど磨けばそればとてつもない色気を放つ武器になって・・・

(ん?)

夢の中のようにしおらしくして恥じらえば普段とのギャップが凄まじく―――

「っ!!」

スタート地点にゴールしそうになった思考を振り払い、盛大にため息を吐く。
もう、起きよう。







朝刊を片手に熱いブラックコーヒーを飲むのはヴィンセントの日課だ。
何もない休みの日はこうしてのんびりとコーヒーを飲みつつゆっくりと一日の予定を考える。
今日は本屋に行ってスーパーに買い出しに行こうか。
途中で串かつの美味しい総菜屋に寄るのも悪くない。
後は気の向くままにぶらぶらとしよう。
それこそ夢の事を忘れられるくらい。

「そういえば・・・」

立ち上がり、冷蔵庫の中を確認する。
思った通り卵と牛乳が残り僅かだった。
他にもヴィンセントが酒のお供として食べているブラックチョコも底を尽きかけていた。
それらをしっかり忘れずにメモをして一人頷く。

不老不死であった時は料理なんてロクにしなかった。
する気になれなかったのと、虚しく感じられるだけだったからだ。
死ぬ事が出来ないから永遠と炊事を行うのだと思うと自然と虚しさと悲しみが込み上げてきたのだ。
だから店で適当な物を買って食べたり、酷い時は何も食べないでいたりした。
不老不死は自分の罪として受け入れていたとはいえ、それでも“悲しい”と思う気持ちがあった自分が滑稽だった。
未練がましいにも程があると・・・。

けれどそれはもう昔の話。
ヴィンセントは今、生きている。

「・・・そろそろ行くか」

一人呟いて財布を持つとヴィンセントは家を出て行った。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ