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□夜風に当たりたい
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「・・・ユフィ、私は外を歩いてくる」

「・・・」

ベッドで毛布を被ったままユフィは返事をしない。
無理もないだろう。
まだ誰にも見せた事のない体の半分を好きでもない男に見られたのだ。
事故とはいえ、嫁入り前のユフィには相当な衝撃と心に傷を負ったに違いない。
それに昼間、悪ノリをしてキスをしようとした事も追い打ちとなっている事だろう。
本当に、悪い事をしたと思う。

「鍵は閉めて行くからな」

「・・・」

返ってこない言葉に胸を痛めつつヴィンセントは玄関の扉の鍵を閉めて夜の海へと歩き出した。















満月が海を照らし、海が月の色を反射して昼間とは違う顔を見せる海はコスタのもう一つの名物。
浜辺にはカップルがチラホラと存在しており、愛を囁く声が絶え間なく聞こえてくる。
普段であればそんな声なんて聞こえないようにしながらのんびり海や夜空を眺めて取り留めもない事を考えるのだが今は違う。
むしろそんな声を聞いてなんとか気を紛らわしたかった。
気を抜くと昼間に見たユフィの健康的な果実を鮮明に思い出してしまうからだ。
今だって白くて張りのある魅惑の果実が脳裏に―――

(思い出してはダメだ)

首を振ってすぐに記憶を消す。
けれど時間が経てばすぐに記憶は再生され、またヴィンセントの頭の中に浮かんでこようとする。
ユフィの為にも早く忘れたい所だが、どうしても中々上手くいかない。

(記憶を消す事の出来るマテリアはないものか・・・)

「ヴィンセント・・・」

下を向いて歩いていたヴィンセントを一つの聞き覚えのある声が上向かせる。
驚いて振り向いてみれば、珍しくも白いワンピースを着て、可愛らしいサンダルを履いたユフィが月の光を受けて佇んでいた。
しかし昼間の事もあってか顔を逸らしており、手も後ろに組んで気まずそうにしている。

「・・・あ、あのさ・・・アタシも一緒に散歩・・・いい?」
「・・・お前が良いのであれば」
「じ、じゃあ・・・」

ぎこちなく歩いて来てユフィはヴィンセントの隣に立つ。
しかしお互いの間にある距離はなんとも微妙なもので気不味さに拍車をかけた。
かと言ってその距離を詰めるなんて事も出来ず、二人は無言のまま歩き出す。

「・・・」
「・・・」

昼間の気不味さを引きずっているせいもあり、良くも悪くも他の恋人たちの声は耳に届かず、代わりに波の音だけが二人の空間を包む。
だが、このまま無言という訳にもいかない。

「ユフィ「あのさ!」」

セリフが被って思わず互いに顔を見合わせる。

「・・・お前の方から話せ」
「い、いいよ、ヴィンセントから話してよ」
「なら・・・昼間は色々とすまなかった。嫌な思いをさせた」
「別にいいってそんなの!じ、事故だった訳だしさ・・・」
「それで、お前の方は何を言おうとしていた?」
「同じこと・・・昼間のは気にしなくていいよって言おうとしただけ」
「・・・本当にすまなかった」
「だから!もういいんだってば!この話は終わり!水に流す!それより折角のバカンスなんだから楽しもうって!」

夜であるにも関わらずユフィが大声を出すものだから何組かのカップルがこちらの方を振り向いて視線を突き刺してくる。
中にはひそひと話す声なんかも僅かに聞こえてくる。
流石に集中砲火に耐えかねたヴィンセントはとりあえずユフィを宥める事にした。

「分かった、ユフィ。分かったから大きな声を出すな」
「もう気にしない?」
「ああ」

記憶はまだしばらく残りそうだが。

「じゃあ、歩くの続き!」

ニカッと太陽を思わせる笑顔でユフィが歩き出し、それにヴィンセントも続く。
サクサクと砂を踏みしめる音と寄せては返ってくる波の音が気持ち良く響く中、潮風が二人の間を駆け抜ける。
優しく涼しい潮風は夜の海の醍醐味でヴィンセントは好きだった。
そうやって潮風を堪能していると、ヒラヒラと風に泳いでいるユフィの白いワンピースが視界に映る。
そこで改めてヴィンセントは質問を投げかけた。

「ワンピースを着るとは珍しいな」
「まぁね。アタシもたまには着たいな〜って思ってさ。それに海にワンピースは鉄板でしょ?」
「お前はそういうのよりも焼きそばやかき氷だと思っていたから意外だった」
「しっつれーだなー!アタシだってこういうのに興味ありますー!」
「フッ、そうか。覚えておこう」
「よ〜く覚えとけ!」

頰を膨らませて怒るユフィに声を殺して笑う。
本当にまだまだ子供だ。
果たしてこの可愛らしい子供が大人になるのはいつになる事やら。
それこそ体はもう―――

(何を思い出そうとしているんだ・・・!)

「ちょっ、急に首振ってどーしたのさ?」
「・・・虫が飛んできただけだ」
「へっ!?虫!?や、やだやだ!!」
「既にどこかに飛んでいったから心配する必要はない」
「ほ、ホントに?」
「ああ」
「な、ならいいけど・・・」

などと言いつつもユフィはまだ周囲を警戒している。
こう見えて虫を嫌うのは意外と言えば意外だろう。
虫に似たモンスターなどには怯む事なく果敢に立ち向かうというのに小さい虫になると途端に怯える。
ユフィはそんな所が面白いと思う。

「ユフィ、虫が―――」
「えっ!?」
「虫が苦手なのによく一人暮らしが出来るな・・・ククク」
「ああっ!引っ掛けたな!?」
「お前が早とちりしただけだ」
「嘘つけ!絶対引っ掛けただろ!!」
「ユフィ、少し声を抑えろ」
「ふーんだ!ヴィンセントが悪いんだよ!!」

頬を膨らませてユフィはぷいっと顔を横に向ける。
どうやら怒らせてしまったようだ。
しかし伊達にユフィと仲間をやっている訳ではない、こうなった時の対処法をヴィンセントは心得ている。

「ユフィ、そこの喫茶店で何か奢るから機嫌を直せ」
「食べ物でなんか釣られないよーだっ」
「そうか。では私一人で食べてくるとしよう」
「えっ」

態とユフィを置いてスタスタと喫茶店へと足を運ぶ。
するとヴィンセントの予想通り、ユフィは戸惑い、足早にヴィンセントの背を追いかけ始めた。

「ちょちょっ、置いてくなっての!」
「いらないのだろう?」
「い、いらないなんて言ってないよ!ただ釣られないってだけで・・・あーもー!もういい!奢って!いや奢れ!!」
「ユフィ、声を抑えろと言っている」

少しキツめの口調で言えばユフィは少し反省したように「ご、ごめん・・・」と呟いて小さく俯いた。
そのまま喫茶店に到着するまでのほんの少しの間、冷たい沈黙が続く。
けれど涼しそうなメニューの看板がユフィの視界に入った途端にそれは彼方に吹き飛んだ。

「あー!コスタパフェ!!これ食べたかったんだよね〜!ヴィンセント、アタシこれ!それからパインシェイクね」
「腹を冷やしても知らんぞ」
「ダイジョーブ!ほらほら、入ろ!」

ユフィに背中を押されて店の中へと入っていく。
その後、デザートを食べ終えてホテルに戻る頃には二人はいつもの二人に戻っていて、ヴィンセントもユフィの裸を忘れるのであった。
















翌日


『ヴィンセント・・・アタシの全部、見て―――』

ベッドの上で頬を桜色に染め、健康的な体を白のバスタオル1枚で隠すユフィ。
彼女は恥ずかしさと照れが混じったような表情で、はらりとバスタオルを体から外した。
そうしてヴィンセントの前に晒される神秘の光景―――




「っ!!?」

ガバっと起き上がって現実に戻る。
驚きの意味で荒くなっている息をそのままに隣のベッドで眠るユフィに視線を送る。
勿論ユフィはちゃんと服を着てすやすやと気持ち良さそうに眠っていた。

「・・・これも私の罪・・・・・・」

ヴィンセントの悩みが増えた瞬間であった。










END

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