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□早く終わらせたい
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「・・・」

ヴィンセントは一枚の紙を無言で見つめた後、重い溜息を吐いてそれを机の上に放した。

「どーしたのヴィンセント?珍しく憂鬱そうじゃん」

隣の机で報告書と格闘をしているユフィがヴィンセントの机を覗き込みながら尋ねる。
するとユフィの目に『健康診断のご案内』の文字が飛び込んで来た。

「あー、健康診断?」
「そうだ・・・」
「めんどくさいよねー。アタシも行かなきゃなんだ」
「私の場合はプラス精密検査だがな・・・」
「あー・・・」

察したユフィはかける言葉が見つからずにそのまま沈黙してしまう。
しかしヴィンセントにとって一番憂鬱なのは自分の体の事ではなく、健康診断及び精密検査によって長時間拘束される事にあった。
やれ体重身長だのやれ血液採取だのの為に細々動いたり待ち惚けするのは退屈でならない。
加えてカオスや魔獣因子のその後の様子の為の調査を目的とする精密検査は白衣を着た検査員なども立ち会う為、なんだか実験データを取られているようで少々居心地が悪い。
白衣を着た人間に若干のトラウマと苦手意識があるのだが、それもこれも全部宝条の所為だ。
なんて、子供のような事を考えるが全部あの男の所為にすると少し気分が晴れるのは事実である。

「あのさ」
「?」
「健康診断一緒に行かない?んで、終わったらパーッと飲もうよ!」
「私の方がお前よりも時間がかかるがそれでいいのか?」
「問題ナ〜シ!健康診断やるとこの近くに漫喫あるからそこで時間潰してるよ。終わったら電話して」
「分かった」
「んじゃ決まり!!」

なんとなくノリと勢いで約束してしまったが、ニカッと太陽のように笑うユフィを見たら、いいか、という気持ちになった。
健康診断を乗り切る理由が出来た訳だが、それはそれとしてもやはり憂鬱だ。
早く終わるといいが。












そんなこんなで健康診断当日。
ジュノンの若者が賑わう中心部に建っているセンタービルにやってきた二人。
女性用の方へと向かったユフィと別れ、ヴィンセントは男性用の方へと足を運ぶ。
受付で健康診断を受けにきた来訪者の対応をする男性に声をかける。

「WROのヴィンセント・ヴァレンタインだ。健康診断を受けにきた」
「ヴィンセント・ヴァレンタイン様ですね。少々お待ち下さい」

受付の男は丁寧に応対すると手元の電話で内線ボタンを押してヴィンセントが来訪した旨を伝え始める。
それがなんなのかを察したヴィンセントは重い溜息を吐いた。
そうして受付の男の電話が終わって数秒経つと数人の白衣を着た男たちがヴィンセントの後ろに立った。

「ヴィンセント・ヴァレンタイン様ですね?検査室へご案内しますのでこちらへどうぞ」

ヴィンセントは疲れたように小さく息を吐くと検査員たちの後をついて行くのだった。













検査中、ヴィンセントの目は死んでいた。
あまりのやる気のなさと怠さからそうなっており、頭の中は読みかけの小説や最近気になっているもので埋め尽くして現実逃避を図っている。

「動脈・静脈共に異常無し」
「数値も正常値です」

検査員たちの検査確認の声が届くがすぐにそれを右から左へ受け流して聞かなかった事にする。
異常がないのはいい事だが、だからと言って耳を大きくしてまで聞きたいとは思わない。
オメガ事件の後、とりあえず不老不死ではなくなったという事実だけを報されてからはヴィンセントはそれ以上の事はどうでもよくなっていた。
ガリアンなどの魔獣は置いておくにしても、寿命を取り戻して普通の人間として生きられるようになったのだ。
それ以上なんて望むまい。
それに恋人を作る予定もないし、作れるかも怪しい所だ。
言い寄ってくる女性は今でもいるが全部流している。
例えその気持ちを受け入れたとしても、魔獣の事を知ればどんな女性も逃げ出す事だろう。

(手痛い思いをするくらいなら一人でいた方が楽だ)

さて、この独身人生をどうやって歩もうか。
任務で遠征するついでにその土地にしかない書物を購入して本を読み漁るか。
はたまた今の若者が興味を示しているものに自分も触れてみるか。
そうなった場合はユフィに聞いてみるとしよう。
きっといつものマシンガントーク宜しくあれこれ教えてくれるだろうが、ユフィにも男が出来たらそれも難しくなってしまうだろうな。
その時までに自分一人でも触れられるようにしておかなければ。

「お疲れ様です。これで本日の検査は終了です」

「ああ・・・」

やっと解放されてヴィンセントは力なく頷くとさっさと着替え室に足を運んでセンターから出て行った。










「健康診断おーつかれ〜!!」

センターから出て行ったヴィンセントはすぐにユフィに連絡を取ると合流して酒場に入って行った。
ユフィと二人並んでカウンター席に座り、飲み物やツマミなどと行った食べ物を楽しんで今日の疲れを癒す。

「どーだった?異常なさげだった?」
「恐らくな。異常があったような声は聞かなかったように思う」
「へー、良かったじゃん。んじゃ、アタシからお祝いの焼き鳥をプレゼントしてやるよ」

言ってユフィは自身が注文した焼き鳥3本が乗った皿をヴィンセントの前に置く。
ヴィンセントは軽く礼を述べると有り難く焼き鳥の一本目を齧った。
タレが肉によく染み込んでいて美味い。

「お前の方は問題はなかったのか?」
「もっちろん!」
「ほう?」
「なんだよ、その含みのある言い方はさぁ?」
「では単刀直入に言おう。体重は問題なかったのか?」
「なっ!?麗しの乙女に体重を聞くな!!デリカシーってもんはないのかよ!?」
「まさかお前の口からデリカシーなんて言葉が出てくる日がこようとはな」
「出るわ!普通に出るわ!!そんな事言うなら焼き鳥返せ!!!」
「冗談だ、悪かった。焼き鳥は食べさせてくれ」

ヴィンセントはくつくつと笑いながら2本目の焼き鳥を齧った。
しかしユフィは未だ不満を露わにした顔をしている。

「大体このユフィちゃんが太る訳ないじゃん!日夜人々の為に戦ってる麗しの戦士ユフィちゃんがさぁ!?」
「最近甘い物を食べ過ぎて体重が増えたかもしれないと危惧していたのは誰だ?」
「うぐっ・・・覚えてたのかよ」
「だが、問題はなかったようだな」
「ま、まーね!ユフィちゃんに不可能はないのだ!!」
「ならば私から祝いのシュウマイを贈ろう」

ユフィの真似事をしてシュウマイの乗った皿を差し出せばユフィは「マジで!?サンキュー!」と喜びを露わにしてシュウマイを受け取った。
本当に表情がコロコロと変わる娘である。
けれどこのコロコロと変わる表情は見ていて飽きない。
からかった時なんかは子供のように怒るのが面白くて、ヴィンセントは先ほどのようについ意地悪を言ってしまう。

けれどそんな冗談を言って楽しんでる自分には気付いていなかった。
あまりにもそれが自然で普通で、当たり前だからである。

「ところでユフィはゲームをやっているか?」
「ゲーム?ゲームって普通のテレビゲームとかのこと?」
「そうだ」
「やってるけどそれがどーしたの?」
「私にも出来るものはないか?」
「・・・は?え?え、や、ちょっとええっ!?ヴィンセントもゲームやりたいの!?」
「少しやってみようと思ってな。おかしいか?」
「ないない!そんなことない!むしろ大歓迎!!アタシゲーム沢山持ってるからヴィンセントに合うゲーム絶対見つかるよ!
 そうだ!今度アタシの家に来なよ!色んなゲーム紹介するよ!!」

興奮気味に早口でまくし立てるユフィにしかしヴィンセントは安易に頷いたりはしなかった。
いや、頷く訳にはいかなかった。

「待て、ユフィ。年頃の女性が安易に男を家にあげるものではない」
「はぁ?普段アタシのこと子供扱いしてるくせに今更何言ってんだよ?しかもアタシとヴィンセントの仲じゃん!何も問題ないって!」

返す言葉が見当たらず沈黙してしまう。
まさか普段のユフィへの扱いがこんな形で返ってこようとは誰が予想出来ただろうか。
しかしユフィの言う通り、旅を共にした自分とユフィの間柄なのだから何を今更、というのはある。
旅の事情で同じ部屋で寝ることもあればテントで寝ることなんて普通にあった。
でもそれは融通の利かない旅での話。
今は融通が利くし、考え様によってはどうにでもなる。
それにユフィを子供扱いしているとはいえ、女性として見ている事だって―――

(女性として見ている?)

ふと、自分の考えに疑問を持った。
ユフィを女性として見ているなんて考えが自然に出て来たが、自分はいつからユフィを女性として見ている事があったのだろうか。
ずっと子供だと思っていた彼女をいつから―――

「とにかく!ゲーム機は繊細で持ち運べないし、アタシの家にソフト沢山あってすぐに取り出せて便利だからアタシの家でやるよ!分かった?」
「・・・ああ、お前が良いのなら」
「んじゃ決まり!!ちゃんと予定空けとけよ〜?」

ニヒヒ、とユフィは嬉しそうに笑うと手帳を取り出して空いてる日にちを確認した。
思わず頷いてしまったが、今更取り消す事も出来まい。
こうなったら腹を括るしかない。
それに自分はユフィの家にゲームを触りに行くだけだ。
如何わしい事をしにいく気などこれっぽっちもない。
うん、何もいやらしい点なんてどこにもない。

(何を言い訳をしているんだ、私は・・・)

ヴィンセントはユフィに気付かれないくらい小さな溜息を吐くと同じように手帳を取り出して予定を確認するのだった。












END

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