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□昼間は篭っていたい
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夏季休暇を取得出来たのでコスタに来た。
なんとなく、常夏の雰囲気を味わいたくてやって来た。
訪れた所で昼間は外に出ないくせに。
でも潮の香りを楽しみながら冷たい酒を片手に読書を楽しむのも悪くない。
昼間から酒、などと思うがたまにはいいだろう。

クラウドから借りた別荘のソファにゆったりと腰掛けながらヴィンセントは優雅な読書を楽しんでいた。
安物ではあるがラムネの酒の甘くて爽やかな味がヴィンセントの体に潤いをもたらす。
夜は近くのバーでウィスキーでも飲もうか、
なんて考えていると突然、視界を何かに覆われて真っ暗になった。

「だ〜れだ?」
「お前以外に誰がいる」
「“お前”じゃなくて誰だって聞いてんの!」

子供のような言い草にヴィンセントは呆れたように息を吐くと「ユフィ」と答えてやった。

「あったり〜!」

嬉しそうな声と共にパッと視界が開ける。
しかしヴィンセントは後ろを振り返らないまま本に視線を落とす。

「満足したか?」
「なんだよ、つまんないな〜」

不満そうに声を漏らすのは水着姿のユフィ。
今回のヴィンセントのバカンスの同行者だ。
いや、正確に言えばほぼ強引につてきたので同行者ともまた違うが。

「ここには私とお前しかいないのに間違えようがないだろう」
「あーはいはい、もういいよ。アタシこれから海に行くけどヴィンセントは行かないの?」
「遠慮しておく」
「何の為にコスタに来たんだよ」
「夜の海を散歩する為だ」
「それだけ?」
「それだけだ」
「勿体な!勿体無いよヴィンセント!青い空!白い雲!大きな海!美味しい食べ物!
 そんでもって宝石のようにキレーな夕日!コスタの魅力は明るい時間にいっぱいつまってんだよ!?
 それを夜の時間しか楽しまないとか勿体なさすぎるでしょ!!」
「夜にも良い所はある。静かな浜辺で波音を聞きながら夜空の星をゆっくりと眺めるのは趣がある」
「でもそれだけじゃん」
「それだけでも私は十分だ」
「つまんないの。いいや、アタシ一人でコスタの夏を満喫してくるよ」

ユフィは大きく溜息を吐くとそのまま一人で外に出て行ってしまった。
冷たい事を言っているようではあるが、ヴィンセントは本当に昼間は外に出たくはないのだ。
宝条による実験のせいで体中に傷痕があり、それを見られるのが嫌だし見せられる方も嫌だろう。
それに暑いのや賑やかで混み合ってるのはあまり好きな方ではない。
仮に混み合っているのを我慢するとしても今度はナンパ目的で寄ってくる女性が煩わしくなる。
ユフィが一緒にいればそれもなくなるかもしれないが、兄妹と間違われる可能性が高い。
これまでだって何度か間違われた実績がある。
ユフィには悪いが理解してもらいたかった。

(夜に美味い店にでも連れて行くか)

ユフィの方から強引についてきたとはいえ、彼女の気分を害して良い道理はどこにもない。
それに面白くなさそうな顔をしているユフィを見るのはこちらとしても楽しくはない。
そうと決まればユフィが戻ってくるまでにパンフレットでも読んでレストランを探しておくとしようか。
早速パンフレットを読むかと思って本を閉じると、その直後に玄関の扉が開く音が続いた。
少し驚いて振り向けば、落胆したような寂しいような表情で俯いているユフィがそこに佇んでいるではないか。
つい三分前に出て行ったばかりだと言うのにどうしたのだろうか。

「どうした?」
「別に・・・」
「誰かに何かされたのか?」
「だ〜れにも何もされてないよ。アタシ一人ぼっち」

ハァ、とユフィは肩を落とすととぼとぼベッドの方に足を運んでそのままバフッと倒れ込んだ。
悪い事をされていないのならそれに越した事はないが、この三分間で一体何がユフィをあそこまで落ち込ませたのだろうか。
心配になってヴィンセントは立ち上がるとユフィが倒れ込んだベッドに歩み寄ってその縁に座った。

「本当に嫌な事はされていないんだな?」
「されてないよ。ていうかどいつもこいつもアタシに構ってる暇ないって感じ」
「つまり?」
「カップルばっかりってこと」

そこまで聞いてヴィンセントは漸く合点がいった。
恐らくコスタの海はカップルで溢れ返っていて、恋人のいないユフィとしては鬱陶しい事この上なかっただろう。
そして同時に惨めな気持ちになった事だろう。
カップルで溢れ返る中、自分一人ぼっちというのはある意味耐え難いものがある。
かと言ってユフィはナンパする性質でもないし、逆に男の方から来ても喜ぶ事はない。
ユフィの心境を察したヴィンセントはかける言葉が見つからず沈黙する。
そうやって微妙な空気に困っていると不意にユフィがポツリと一つの単語を呟いた。

「・・・かき氷」
「ん?」
「かき氷食べたい」
「食べればいいだろう」
「ヴィンセントはいらない?」
「私は―――」

いらない、と言いかけてその言葉を飲み込む。
なんだかここでユフィの誘いを断るのは良くない気がしたからだ。
同情は却ってユフィを傷つけるだけかもしれないが、だからといってあしらう事はヴィンセントには出来なかった。

「・・・少しだけ食べよう」
「んじゃ、アタシと半分ずつしよ?」
「お前がいいなら」
「じゃあ決まり!!レモンでいい?」
「ああ」
「ちょっと買ってくるから待ってて!!」

ユフィは勢い良く起き上がると財布を持って風の如き速さで別荘を出て行った。
そうして五分も経たない内にレモンシロップがかかったかき氷とプラスチックのスプーン二本を持って帰ってきた。

「おっまたせ!」
「早いな」
「丁度店が空いてたからね!ホラホラ、溶けちゃうから早く食べよ!」

スプーンを渡され、やれやれと思いつつもかき氷にスプーンを突き刺す。
サクッという涼しそうな音を耳に気持ちよく聞きながら一口分掬って口の中に運ぶ。
レモンの酸っぱくも爽やかな味が口一杯に広がり、夏を感じさせた。
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