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□引っ越ししたい
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そして引っ越し準備の日。
宣言通り、ユフィはヴィンセントのアパートにやってきて引っ越しの準備を手伝っていた。
やはりというかなんというか、ヴィンセントの持ち物の少なさも相まってすぐに終わりそうな雰囲気だった。
「押入れの方終わったよー。箱の空間余裕で余ってるけど」
「なら、洗面所にあるタオルを詰めておいてくれ」
「はいよー」
ユフィは立ち上がって洗面所からタオルを持ってくるとそれを綺麗に畳んでダンボールに詰めた。
そしてタオルを詰めた事によってダンボールの空間が埋まった事を確認し、ダンボールの蓋を閉じてガムテープを貼り付けた。
更にダンボールの外側にマジックでタオル・押し入れのものと書き込んでいく。
その手際の良さに内心感心しながら流し台下の戸棚を開けた。
「鍋とか持ってたんだ?」
ユフィが隣に腰を下ろしてきて戸棚の中を覗き込んでくる。
「簡単にではあるがたまに料理くらいはしていたからな」
「ふーん。ヴィンセントが料理ねぇ・・・」
「変か?」
「ううん、なんか意外だなって思っただけ。あんま料理してるイメージなかったからさぁ」
「旅をしていた頃にやっている所は見ただろう?」
「あれは野宿の準備じゃん。それもレトルトの。あ、レトルトと言えばアレ面白かったよね、シドのハンバーグのやつ!」
「『どんなハンバーグかは開けてからのお楽しみ』というハンバーグか」
「そうそう!変わった味のハンバーグが食べられるのかと思ってワクワクしてたらクマの形のハンバーグが出てきたんだよね」
「ああ、そうだ。動物の形をしたハンバーグが出て来るだけのレトルトハンバーグだったな」
当時の事を思い出してユフィはけたけたと笑う。
ヴィンセントも同じように当時の事を思い出して薄く笑った。
笑って、小さく驚く。
楽しい思い出を振り返っても切なくなるだけだと思っていたのに、まさか自然に笑える日が来るとは。
ヴィンセントはこの事に小さな喜びを感じた。
「・・・」
「どしたの?」
「いや、なんでもない。ところでヤカン以外を詰めておいてくれないか」
「ん?ヤカンは入れないの?」
「もしかしたらカップ麺を食べるかもしれないからな」
「あ、そーいうこと。じゃぁ―――うぎゃぁあ!!?」
突然ユフィが何かに驚いて飛び上がり、目にも止まらぬ早さでヴィンセントの胸に飛び込んできた。
「ユフィ、どうした?」
「あ、ああああ・・・あそこ・・・!!」
ガタガタと震えながらユフィはある一点を指差す。
DGS事件の時にネロの闇に取り込まれたのと同じくらい怯えるユフィに驚きと警戒心を覚え、注意してある一点を見つめた。
見つめた先にあったのは・・・対ゴキブリ対策のホウ酸団子だった。
「・・・ホウ酸団子がどうした?」
「・・・・・・え?ホウ酸団子?」
「よく見てみろ」
ユフィは震えながらもゆっくりと振り返って指差した物を見る。
それはヴィンセントの言う通り、ホウ酸団子だった。
「あ、あれ・・・?」
「なんだと思ったんだ?」
「ゴキブリ。まさかヴィンセントがホウ酸団子を置いてるなんて思ってなかったからさ」
「流石の私も対策くらいはする」
「何かその辺は気にしてなさそうだと思ってた。出たら普通に潰して処理して終わり、みたいな」
「確かにそうだが、だからと言って積極的に出てこられて見るのは流石の私も嫌だ」
「へー、そうなんだ。これまた意外」
「判ったら引き続きダンボールに物を詰めてくれないか」
「あ、ああ、うん―――?」
密着している体、距離の近いお互いの顔、息遣い。
ユフィは自分がヴィンセントに抱きついているのにようやっと気付いたのか「うひゃぁあこめん!!」と顔を赤くしながら慌ててヴィンセントから離れた。
しかし当のヴィンセントは何故ユフィが慌ててるのか、何故顔を赤くしているのか判らずに首を傾げるばかりである。
「何をそんなに慌てている?」
「な、何ってそんなの・・・や、やっぱいい!何でもない!
それよりホラ、鍋の中に小物とか詰めなくてイイの!?小さいボウルとかスプーンとかさ!?」
「それならこれを入れておいてくれ」
ヴィンセントは引き出しからスプーンやフォークなどを取り出すとそれをユフィに手渡した。
その後も作業はスムーズに進み、必要最低限の物を残してダンボール詰めは終わった。
十桁もいかないダンボールの数にヴィンセントが苦笑したのはユフィを送ってからの事だった。