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□休みたい
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ジュノンの病院にてヴィンセントはベッドの上で横になっていた。
何があったのかというと、任務でモンスターから隊員を庇って負傷したのだが、思ったよりも傷が深くて速攻病院に連行されたのだ。
ガリアンたち魔獣の治癒能力があるからそこまで大袈裟にならなくてもと思うのだがユフィがそれを許さなかった。

「聞いてんのヴィンセント!?アンタがやった事は間違ってないけどもう少し他に方法はあったんじゃないの!!?」
「ユフィ、ここは病院だ。もう少し声を小さくしろ」
「話を聞け!!」

両手を腰に当ててユフィはガミガミと説教を続ける。
しかしこの説教は一重にヴィンセントの事を思ってのものだからヴィンセントもあまり強く言い返す事が出来ない。
仕方なくユフィの説教を聞いていると病室の扉がノックされ、ユフィが「だれー?」と呼びかけるとリーブが顔を出した。

「ユフィさん、声が大きいですよ。もう少し小さい声で怒って下さい」
「だって!」
「あまり大きな声で説教をしているとつまみ出されてしまいますよ」
「・・・分かったよ」

リーブに諌められたユフィは渋々と引き下がり、不満そうな顔をしながらも少し黙った。
気持ちは判らなくはないがここは公共の場なので控えてもらわなくてはならない。
ユフィが静かになったところでリーブはヴィンセントの方を向いて怪我の具合を尋ねた。

「ヴィンセント、怪我の方はどうですか?」
「問題ない。恐らくもう塞がっていると思う」
「おっちゃんからも何か言ってよ!ヴィンセントってばガリアンたちの治癒能力当てにして無茶するんだよ!?」
「それは感心しませんねぇ。そんな無茶をしてるからこうしてユフィさんに怒られるんですよ。
 もうちょっとご自分を大事にしたらどうですか?」
「おっちゃんの言う通りだよ!もっと自分を大事にしろー!」
「別に粗末にしているつもりはないが・・・」
「どちらにせよ、無茶する度に病院に運ばれては困るのでもう少し考えて戦って下さいね」
「ああ、分かっている」
「ホントかよ」
「とにかく今日はもう安静にしていて下さい。ユフィさん、任務の方は何か支障はありますか?」
「ううん、だいじょーぶだよ。後は調査結果をまとめるだけだし」
「そうですか、お疲れ様です。では引き続きヴィンセントへの説教をお願いします」
「まっかせといて!」

なんて事を任せようとしているんだと言いたくなるが、その前にリーブはさっさと退室してしまった。
相変わらず食えない男である。
リーブが出て行ったのを見届けてからユフィはヴィンセントの方を向き直り、パイプ椅子を引き寄せて座ってお説教を再開した。
今度は大きな声にならないように、なるべく普段と同じくらいの声量に抑えて。

「ヴィンセントさ、本当に自分の事を雑に扱ってない?」
「そんなつもりはない。咄嗟の判断でああした方が手っ取り早いと思っただけだ」
「それを雑に扱ってるっていうんだよ」

ヴィンセントの言い分を叱るもユフィの表情は悲しみを帯びていき、俯いていく。
そして先程までの怒りとは打って変わって心配するような声のトーンでポツリポツリと語り始めた。

「・・・ヴィンセントはもう不老不死じゃないんだよ?ヴィンセントだって死んじゃうんだから無茶しちゃ駄目なんだよ」
「ユフィ・・・」
「分かってんの?」
「ああ、分かっている。もう二度と、この命を無駄にするつもりはない」
「・・・ならいいけど」
「それに、やりたい事を残したまま死ねるほど私も潔くないのでな」
「やりたい事?」
「ああ―――聞いてくれるか?」

尋ねるとユフィは静かに頷き、真剣な眼差しでヴィンセントを見つめる。
ヴィンセントは一呼吸置くとポツポツと語り始めた。

「私は今まで不老不死であったが為に全ての事を諦めていた。
 やりたい事をやっても永遠の時の中の一瞬だけを満足したに過ぎない、虚しいだけでしかなかった。
 加えてやりたい事はいつでも出来てしまえるから、それをやる事に意味を見いだせず無気力でいた」
「・・・」
「だが、つい最近の騒動で不老不死から解放され、私にも『限りある命』が戻った。
 その途端に今まで諦めていたやりたい事が次々と頭の中に溢れてきた。
 それも死ぬまでに存分にやっておきたい事がな」
「・・・そっか、いい事じゃん。じゃあヴィンセントは今何やりたいの?」

先程の悲しい表情とは一転して穏やかな明るい表情でユフィが尋ねる。
しかしヴィンセントは困ったように首を横に振って言った。

「沢山ありすぎてどれから手を付ければいいか困っている」
「ふーん、じゃあノートに書けば?」
「ノートに?」
「そ。よく言うじゃん、考えてる事溜め込んでても整理なんか出来ないから紙に書き出してスッキリさせるって」
「なるほど、一理あるな」
「明日アタシがノートとペン買ってきてあげるから早速やりたい事書きなよ。それでさ・・・」
「何だ?」
「ヴィンセントのやりたい事、アタシにも手伝わせてよ」

少し驚く。
ユフィがヴィンセントのやりたい事を手伝うなどと言うなんて思ってもみなかった。
それも、少し照れたような表情をして。
ヴィンセントはほんの少しの間だけ呆けていたが、すぐに確認をした。

「・・・退屈かもしれんぞ?」
「退屈になんないようにアタシが盛り上げるよ!それにヴィンセント一人じゃ出来ない事だってあるじゃん」
「あまりあるとは思えないが」
「じゃあカラオケとか一人で行けんの?」
「そもそも行くかどうかもすら怪しい」
「もしかしたら気が向いて行くかもしれないじゃん!」
「カラオケは置いておくにしても、確かにお前に頼る事があるかもしれないな」
「でしょでしょ?だからそん時は遠慮なく頼ってよ!」

えっへん!と胸を張るユフィに苦笑し、その後に二、三言葉を交わしてから本日の面会は終わった。












そして翌日。
朝一番の面会時間にユフィはヴィンセントの病室を訪れた。

「よっ!怪我はもうへーき?」
「ああ、お陰でな」
「そっかそっか。それよかノートとペン、買ってきたよ!」

はい!と言ってユフィは袋の中から豪華な装丁のノートと万年筆をヴィンセントの前に置かれてる病人机の上に置いた。
ノートの表紙は黒の革で出来ており、ご丁寧にも上品なケースまで付いている。
てっきり普通のノートとシャーペンが出されるものだと思っていたから、これらの物に流石のヴィンセントも驚き身構える。

「ユフィ、これは・・・」
「エヘッ、奮発しちゃった。アタシからのプレゼントだよ」
「大袈裟だ。こんなに豪華にしなくても―――」
「何言ってんだよ!ヴィンセントの人生を充実させる為の重要なノートなんだからこのくらい上等でもバチは当たらないって!」

ニカッと太陽を思わせる笑顔でユフィは言う。
自分の人生を充実させる為のノートで、その為にこんな豪華な物をプレゼントしてくれたユフィ。
そこにはヴィンセントの人生を、そしてヴィンセント自身の事を思ってくれている気持ちが汲み取られる。
ここまでしてくれるユフィの気持ちが堪らなく嬉しい。

「ありがとう、ユフィ」

ヴィンセントがふわりと微笑むと、ユフィは途端に顔を赤くして慌てた。

「きゅ、急に素直になるなっての!!一度ならず二度までも―――」

「失礼します」

コンコン、と病室のドアがノックされて昨日と同じようにリーブが顔を出した。
なんだか嫌な予感がしたヴィンセントは少し構えながらリーブに訪問内容を聞き出す。

「・・・何の用だ、リーブ」
「そんなに警戒しないで下さい、大した用ではありませんから。医者の方に聞きましたよ。明日にでも退院出来るそうですね?」
「・・・ああ」
「では病み上がりの所申し訳ないのですが明後日からコスタの方に行って下さい。
 人手が足りなくてコスタの方の調査が中々進んでないんです。頼みましたよ」

用件を言うだけ言うとリーブはさっさと病室を出て行ってしまった。
相変わらずというかなんと言うか、人使いが荒い。
ヴィンセントもユフィも無言のまま視線を合わせて今起きた事を目で確認する。
数秒間の無言の後、ヴィンセントはノートの1ページ目を開いて万年筆を走らせた。


『休みたい』








END

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