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□花火
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ヒュー

ドンッ

パラパラ・・・

風を突き抜け、空気を強く叩くような鈍い音の後に夜空に大輪の華が咲き乱れては美しく夜の暗闇に溶けて消える。
今年も始まったクリスタル横丁名物・花火パレードを自室のソファに寄りかかって窓からぼんやりとヴィンセントは眺めていた。
花火大会があるという事はつまりお祭りがある訳だが彼は今日、それには参加していない。
勿論誰にも誘われなかった訳でも拗ねて参加しなかった訳でも何でもない、彼も良い大人だ。
理由は一重に任務だからだ。
この祭りに乗じて何か大きな事件が起きた時の為に備えていつでも出動出来るように自宅待機を言い渡されているのだ。
そしてこれはヴィンセントだけではなく、他にも数名の人間が同じように自宅待機を命じられている。
祭りを楽しみにしていた者は盛大に残念がって代わってくれる者を探したり、またある者はヴィンセントのように静かに引き受けて大人しく自宅待機をしている者もいる。
そしてそれは『仕事だから仕方ない』という気持ちで片付けている。
ヴィンセント自身も祭りに参加出来なかったからと言って別にどうという事はなかった。
一つ心残りがあるとすれば、祭りに誘ってきてくれた―――

ピンポーン

思考を遮ってインターホンが客が来たと報せる。
誰だろうと思って覗き穴から覗くと、金魚が涼しそうに泳いでいる紺色の浴衣を着た少女が花火に負けない笑顔でこちらを覗き返していた。

「よっ!」

ドアを開けると開口一番にそう言って少女は軽く手を上げた。

「・・・ユフィか」
「遊びに来てやったぞ〜!」
「セルフィたちと花火を見ていなくていいのか?」
「賢いユフィちゃんたちはちゃ〜んと空気を読むからね〜」
「・・・アーヴァインとセルフィを二人っきりにしてきたのか」
「そーいうこと!リュックはアニキたちの屋台の手伝いに行ったしビビもジタンたちの手伝いに行ったしね。
 そこでアタシは暇にしてるヴィンセントの所に来てあげたったわけ」
「好きで暇になっている訳ではない。本部命令で待機しているだけだ」
「細かい事はなーし!待機でも上がっていいっしょ?」
「ああ」

ヴィンセントは頷くとユフィを部屋に上げた。
外はまだ花火が打ち上っており、花火を見る為にわざと暗くしていた部屋が様々な色に彩られる。

「お、いい眺めじゃん。次から花火鑑賞場所はここで決定かな?」
「場所代を払ってもらうとしよう」
「ケチケチすんなよ〜」
「心配せずともユフィ限定だ」
「アタシ限定にすんなー。そーいう事言う奴にはたこ焼きあげないぞー」
「別に私は欲しいとは言っていない」
「何だよそれ・・・」

ユフィは頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。
どうやらからかい過ぎたようだ。
少し予想外れの反応に心の中で苦笑し、このままだと面倒になるのでヴィンセントは軌道修正に取り掛かった。

「冗談だ、ユフィ。たこ焼きをくれないか?」
「別にいらないんでしょ。アタシが一人で食べるからいいよ・・・」
「浴衣の上に落としたら大変だ。だから私が食べる」

ユフィからやんわりと、けれども強引にたこ焼きを取り上げる。
それでもまだユフィは不服顔で。

「無理に食べてくれなくていいよ」
「ユフィ、機嫌を治してくれ。私の為にたこ焼きを買ってきてくれたのだろう?感謝するよ」
「・・・」
「それから今日は祭りに参加してやれなくてすまなかった」
「それは仕方ないよ。待機しろって言われたんだし」
「今度埋め合わせをする」
「絶対だぞー?」
「ああ、約束する」
「んじゃ、約束の印にそれ一個ちょーだい」
「仕方ない。ほら」

タコの感触を探りながらたこ焼きに爪楊枝を強く挿し込む。
簡単に落ちない事を確認して差し出せばユフィは親鳥から餌を貰う雛鳥のようにそれをパクリと食べた。

「ん〜!美味しい〜!」
「そうか」

薄く笑って自分もたこ焼きを一つ差して食べる。
屋台特有の味と触感、そして香りが自分を祭りに繰り出したような感覚にさせる。
もしも待機命令が出ていなかったら自分もこうやってたこ焼きを買って皆で食べていた事だろう。
そして、ユフィの為に射的をやって景品を取ってあげていたかもしれない。
そう考えると今日の待機命令が非常に残念なものに思えてきた。
出来れば本当に埋め合わせをしてやりたいとヴィンセントは考える。
直近で他に祭りがある所は―――

「ヴィンセント」

ちゅ

「・・・」
「・・・・・・エヘッ、口の端にソース着いてたぞ!」
「・・・」
「も、もう花火終わったみたいだし、アタシもう帰るね!」
「・・・」

思考が停止したまま、体だけが勝手に動いてユフィを玄関まで見送る。
草履を履いたユフィは暗がりでも分かる程に頬を赤らめながら「じゃ!」と言って手を上げる。

「町の平和をしっかり守れよ〜!」
「・・・」
「おやす―――」
「ユフィ」

がし、と玄関のドアノブを掴むユフィの手を捕まえて止める。
「え?」と振り返ったユフィの胸元の襟を少しずらして真っ白な鎖骨に吸い付く。

「・・・!!!??」
「・・・・・・鰹節が付いていた」
「・・・!!!」
「・・・お休み」

今度はユフィが思考停止して体だけが動いてバイバイと言うように手を左右に振って出て行く。
その後鍵を閉めてまた部屋に戻り、花火が終わった後の寂しげな静かな夜空を眺めた。
文字通り口の端に口付けて来たユフィの行動から今に至るまでがまるで夢のような、幻のような時間だった。
その中で最も驚いたのが、自分が思わずユフィに反撃したこと。
今でも自分がやったのだと信じられないでいる。

「・・・これは・・・・・・仕返しだ・・・」

一人言い訳を呟いて無邪気に笑う夜空の月から目を逸らした。












END
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