テーマ倉庫

□レモンシャーベット
1ページ/1ページ

今日はとても暑い日。
空気に熱が籠っていてすぐに汗が浮かぶような不愉快な暑さ。
こんな日はクーラーが大活躍だ。
クーラーの風を心地良く肌に感じながらサイスはリビングで雑誌を読んでいた。
でも目的は雑誌を読む事じゃない。

「・・・」

首を伸ばしてリビングドアのガラスから廊下の奥を見る。
音もしない、誰もいない。
サイスは耳を澄まし、注意深く様子を伺ってから席を立った。
今日は兄妹全員外出中でアレシアも仕事中。
やるなら今しかない。
丁度良い時間なのでサイスは立ち上がると大きな白い冷蔵庫の前に立って冷凍室を開けた。

「よし、いい感じに凍ってるな」

自分一人しかいないのについ小さな声で喋ってしまう。
しかしそんな事にも構わずサイスは引き出しからスプーンを取り出すとステンレスのバットに張ったレモンの氷を砕き始めた。
今作っているのはティファに教えてもらった夏にぴったりのデザート、レモンシャーベットだ。
作り方と材料を簡単にメモにまとめてもらい、それを見ながら作ったものだ。
と言っても今日のは試作。
本当は本番のつもりだったけど作る直前で心が折れて練習という名目で作った。
一回だけティファとリノアと一緒に上手に作れた時点でもう練習なんていらないのに自分に言い訳をして試作品という名目で作ったのだ。
なんとも情けない自分に溜息を吐きながらサイスは黙々と氷を砕いていく。
スプーンを突き刺した時のシャリシャリという氷の削れる音のなんと気持ちの良い事か。

「やっぱ夏はこれだな」

サイスは自分でも知らずの内にまるで小さな子供のように楽しく氷を削って行った。
やがて全体の氷が削れた所でスプーンを刺す手を止める。

「よし、このくらいでいいな」
「ガラスの器用意したよ〜」
「おう、気が利くじゃねーか・・・って!!?」

いつの間にやら隣にいたジャックにサイスは大きく飛び上がって驚く。

「じゃじゃじゃ、ジャック!?いつの間にいたんだよ!!」
「ついさっき」
「お、お前、外に遊びに行ってるんじゃ・・・」
「あれ?僕帰ってきてお昼寝するって言ったと思うけど〜?」
「・・・」

そういえばそうだったと思い出してサイスは頭を抱える。
外に出掛けたジャックだったが、用事を済ませるとすぐに帰ってきてシャワーを浴びて昼寝をすると宣言して引っ込んだのだ。
確かそれが二時間前、サイスがレモン水をバットに流して冷凍庫に入れた後の事。
ギリギリセーフだったと冷や汗をかいたというのにそれを忘れるとは不覚。
だが、言い訳は前もって用意してあるので慌てる必要はない。

「・・・で、お前は起きてきたのか?」
「そーだよ〜。喉乾いたから何か飲みたいな〜って思って来たらサイスが面白そうな事してたからさ〜」
「そ、そうか・・・」
「これ一人で食べようとしてたの〜?」
「練習用で作った奴だからな。でもまぁ、お前の分も余裕であるから安心しろ」
「やった〜!でもなんでシャーベットなんて作ろうと思ったの?」
「ここんとこかなり蒸し暑いだろ?それで冷たくてさっぱりしたもんが食べたいってティファに相談したら簡単なのを教えてくれたんだ」
「そっかそっか〜ティファに感謝しなきゃだね〜」

嘘に織り交ぜた本当。
夏にぴったりなデザートを作ってみんなを喜ばせたいとティファに相談して教えてもらったのだ。
しかしそんなサイスの嘘にジャックは気付く様子もなく、シャーベットをさっさと器に移す。

「勿論これを作ってくれたサイスにも感謝するけどね〜」
「お前の場合はおこぼれだけどな」
「おこぼれでも嬉しいよ〜。さ、溶けちゃうから食べよう」
「おう」

持ち手の先端がサボテンダーの形をしたスプーンを手に二人は流し台に寄りかかりながらレモンシャーベットを食べ始める。
スプーンを刺し入れる度に氷のサクサクとした音が僅かに鳴り、口の中に入れる事でその触感と音を楽しんで涼む事が出来た。

「ん〜!美味しい〜!冷たくて爽やかでさっぱりしてて美味しいよ〜!」
「そうか、そりゃ良かったよ」
「これなら本番で作っても安心だね〜。他のみんなにも作ってあげるんだよね?」
「ま、まぁな」
「頑張ってね〜」
「お前も手伝うんだよ」
「えっ僕も!?」
「アタシの企みを知ったんだ。それくらいの事をしてもらわないと困るね」
「え〜?聞いてないよそんなの〜」
「今決めたからな」

勝利の笑みを小さく浮かべてシャーベットをまた一口食べる。
冷たさに混じるレモンのさっぱりとした爽やかさが口の中に広がって気持ちがいい。
これを一人で作ってみんなの前に出すのはなんだか照れ臭いが、ジャックを道連れに出来た今なら話は別だ。
ジャックとの共同作業という事にすれば何も恥ずかしい事などない。
しかしジャックの事だから発案者はサイスであるとバラすだろうが・・・まぁそこは許容の範囲内だ。
サイスがそんな風な事を考えていると、隣のジャックがサクサクとレモンシャーベットを食べながら嬉しそうに口を開く。

「は〜!手伝いはともかくとしてレモンシャーベット美味しいな〜!」
「それはさっきも聞いた」
「ねぇねぇ、これの他には何か作らないの?」
「作らねーよ。これは簡単だったから作っただけで手間のかかるもんは作らねーよ」

なんていうのは嘘。
この夏は既にリノアと一緒にティファからお菓子作りを学ぶ予定はもう立っているのだ。
勿論、ティファがお裾分けしてくれたという名目で持ち帰ってくるのだが。

「え〜ガッカリ」
「今の内にこのシャーベットをよく味わっておくんだな」
「じゃあさ、逆に言えばシャーベットはいくらでも作ってくれるって事?」
「まぁ・・・そうなるが食べたきゃちゃんと手伝えよ」
「分かってるよ〜。このレモンシャーベットの為ならいくらでも手伝うよ」
「さっきまで渋ってたのにか?」
「それはそれ、これはこれ」
「意味分かんねーよ」
「えへへ〜」

へらへらと笑うジャックに、サイスは呆れたように息を吐き、けれども薄く笑うと溶けて液体となったレモン水を飲み干した。
それとほぼ同じタイミングでジャックも器を傾けて溶けたレモン水を飲み下す。

「美味しかったね〜」
「ああ、そうだな。食器片付けるぞ」
「りょーかーい!」

ステンレスのバットとガラスの器とスプーンを流し台に置いて水道の蛇口を捻って二人で洗い始める。

「あー!頭キーンってきた!」
「ははっ、あんだけ早口で食べてりゃそうなるさ」
「うぅ〜・・・そーいえば今日の晩御飯って何だっけ?」
「焼肉だ。スタミナ付けて夏を乗り切ろうって事で焼肉になったんだよ」
「それ、発案者ナインだよね」
「そうだ。ぶっちゃけた話、アイツが肉肉うるせーから焼肉になったもんだ」
「それでも僕は嬉しいけどね〜。焼肉好きだし」
「アタシは冷しゃぶが食べたかったよ」
「じゃあ冷しゃぶでも良かったんじゃない?」
「多数決で焼肉になったんだよ」
「ありゃりゃ、そりゃ残念だったね。次投票がある時は呼んでよ。
 今日のレモンシャーベットのお礼に冷しゃぶに一票入れるからさ」
「裏切るなよ」
「後が怖いから裏切らないって〜」

他愛のない会話をしながら洗い物を片付けて行く二人。
そうして夏の暑い午後は過ぎて行くのであった。











END
次の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ