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□膝枕
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『人は見かけによらない』という言葉があるように人の状態や心内など見た目とは全く違う事だってある。
今のブラック・マジシャンがまさにそうであるように。

「見て、ブラック・マジシャン様よ」
「お弟子様のお膝で姿勢正しく眠られていて・・・まるで絵に描いたような光景ね」

どこかの女性種族モンスターの話声が耳に届いてブラック・マジシャンの眉間に一瞬皺が寄りそうになる。
現在、ブラック・マジシャンは弟子のブラック・マジシャン・ガールと共に外に出ており、今は木陰で休憩をしている。
前日の夜に遅くまで魔術の研究をしていた所為もあって暖かな陽気に誘われて眠たそうにしてたブラック・マジシャンだったが―――

『お師匠サマ!私の膝で寝ていいですよ!』

と、ブラック・マジシャン・ガールが満面の笑顔で自分の膝を叩いて誘ってきた事により、眠気は一瞬にして吹き飛んだ。
己の本能に忠実な者であれば喜んで飛びついた事だろう。
しかしブラック・マジシャンは生真面目で堅物な事で有名なモンスター。
たとえ女性からこのような申し出をされても絶対に断るし、愛弟子からの申し出であれば尚更だった。
だから断ろうとしたのだが・・・。

『ガール、申し出は有難いが謹んで―――』

遠慮する、と言い切ろうとした所でブラック・マジシャン・ガールが瞳に涙を溜めているのに気付いて言葉を詰まらせた。
女の涙は武器とはよく言ったものである。
こんな顔をされては断る事など出来ない。
例えばこれが魔術の鍛錬や課題の最中であった場合は甘えるなと叱っている所なのだが今のこれは純粋な申し出。
これを無碍にするのは逆に申し訳ない上にブラック・マジシャン・ガールの涙も当然というもの。
ブラック・マジシャンとて無暗に傷付けたくはない。
一つ溜息を吐くと膝枕の申し出を受け入れた。

『・・・頼む事にしよう』
『はい!どうぞ遠慮なく寝て下さい!』

本人は笑顔で腕を広げて迎えるが寝る方の身にもなって欲しい。
なるべく薄目になりながら細心の注意を払って頭を乗せるのがどれだけ大変か。
時間をかけて現在に至る訳だが、外野はいい気なものである。

「寝顔もとても凛々しくて素敵ね、一体どんな夢を見ていらっしゃるのかしら」

目を瞑って呪文が複雑な魔術を頭の中で唱えているだけで夢など欠片も見ていない。
というか、この状況で呑気に夢など見られる筈もない。

「いいなぁ、ブラック・マジシャン・ガールの膝枕・・・」
「気持ちいんだろうな〜羨ましいな〜」

ああ気持ち良いさ。
とても柔らかいさ。
目を開けてみろ、迫力のある豊満な果実が拝めてしまうぞ。
手を組んで細く息を吐いて頭の中で呪文の詠唱や魔法陣を描いてなければ理性を保つ事など出来ない。
そう、ブラック・マジシャン・ガールの膝枕は鋼の理性を要求される本能との強烈な戦いなのだ。
だから気が進まないのだ、ブラック・マジシャン・ガールの膝枕は。

「風が気持ち良いですね、お師匠サマ」
「・・・そうだな」

今のブラックマジシャンにとっては風も敵でしかない。
そよ風が吹いた時にフワリとブラック・マジシャン・ガールの甘い香りを運んでくる。
理性が強烈なダメージを受けてくらくらしそうになる。
頑張れ、理性。

「ふぁぁ・・・眠くなってきちゃいました」
「帰るか?」
「いいえ、まだ帰りませんよ」

残念。

「ずっとこんな時間が続くといいですね」

(勘弁してくれ・・・)

ブラック・マジシャンは心の中で頭を抱える。
この後、ブラック・マジシャンが起き上がろうとしても「たまにはしっかり休んでください!」というブラック・マジシャン・ガールのお節介で膝の上に引き戻されてしまい、結局夕方まで本能と戦う事になるのであった。









END
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