短編
□伝わるのは貴方
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眠っているのだろうか。
猿鬼の気が、いつもと違う気がしたのは、彼が眠りに落ちたからなのか。
法子は猿鬼の目の前に立った。
そして目線を合わせようとその場で膝を立て、顔の位置が猿鬼のそれよりも少し低いところで、法子は彼を見上げた。
寝顔にも関わらず、凛とした面持ちは健在だった。
自分の強さを自覚し、それと向き合い高めつつ生かそうとする。
その気高い心が、彼の表情にも表れているように見えた。
法子は、猿鬼の佇まいを見て、ただただ、美しい、と感じた。
法子は吸い寄せられるように手を伸ばし、そっと触れる程度の力で猿鬼の頬に手を重ねた。
こうやって近くで見てみると、猿鬼の体には生傷が多く付いている。
揺るぎない強さを持ちながらも、この人が誰よりも努力をしていることを法子は知っている。
その体は、とても温かかった。
―私が、生まれて初めて感じた温もり。
手を重ねているだけなのに、自分の脈打つ鼓動が体温とともに猿鬼へと伝わっていくような気がした。
ふと、頬に添えている自分の手に、手を重ねられた。
「…随分と冷たい手だ」
目は瞑ったまま、猿鬼が声を発した。
法子は、自分の体温がぶわっと上がったのを感じた。
「…え、猿鬼さん…!起きて…!」
思わずそこから逃れようとするが、猿鬼に手を掴まれている所為でそれは叶わなかった。
「目が覚めた。お前の気配を感じたからだろうな」
そう言う猿鬼に、自分が彼を起こしてしまったことに気付き、法子がはっと申し訳無さそうな顔をし、俯いた。
「す…すみません、お休みのところ」