短編

□伝わるのは貴方
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ふと、いつも感じている気配が消えた気がして、法子は思わず顔を上げた。

「猿鬼さん…?」

いつものように山の中に入り、夕飯用の山菜を摘んでいたときだった。
どれほど遠く離れていようと感じ取れるほど強大な気。
それが何かの拍子に途切れた気がしたのだ。
いや、変わった、というのが正しいだろうか。
確かに感じてはいる。でも何かが違う。

うまく表現できないこの状態に、もやもやした気持ちになった法子は、引き抜いた山菜を地面に置いて、知らず知らずのうちに歩き出していた。
そのいつもと違う気配の方へと。



日の入りで赤く染まる空。
しんしんと冷え込む空気。
でこぼことした山道の中、法子は1人、恐る恐ると歩みを進めていく。
蔦のようなものに足を引っかけ、転びそうになる。

「わっ…」

よろめいた法子は、近くにあった一本の木を支えに、体のバランスを取った。
その拍子に、目の前の木陰に視線をやったとき、法子は目を見開いた。

気配の正体。
強靭な気を放ちながらも、今自分の目の前にあるその力は、どこか静けさを帯びていた。

猿鬼は、地面の上で座禅を組みながら、目を瞑っていた。

修行の邪魔をするのは申し訳ない、といつもなら猿鬼や猿門を見かけても声を掛けないのだが、いつもとどこか違う様子に、法子は気が付くと猿鬼の方に足を運んでいた。

なるべく足音を立てぬように。
閑かな気配を壊してしまわぬように、徐に。

はっと気付いたときには、猿鬼の息づかいが聞こえる距離にいた。
瞳を閉じている猿鬼は、法子が近づいても微動だにしなかった。
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