STORY
□第四章 真実の箱
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「でも、将斗ちゃんが貴方の気持ちに応えてくれることは有り得ない」
「あぁ、あいつに言うつもりはこれっぽっちもないから」
「ねぇ、ヘンリーちゃん。貴方はどうしたい?真相が知りたいって言ったわよね。知ってどうするの?」
「全部話そうと思う」
「誰に」
「将斗に」
すると、彼は盛大なため息をつく。
「どうやら、私が言わなくても将斗ちゃんの正体が分かってしまってるのね」
「あくまでも推測さ。嘘であってほしいけど、これ以上逃げることもできない」
すると、何故か亡くなったはずのご主人様のカルテを手渡された。そこには、彼が呼ぶ『ジューン』ではなく、和名である『柊 水無月』と書かれていた。
「貴方の考えてる通りよ。ジューンは、将斗ちゃんの実のお兄さんよ。水無月だから英語で呼べばジューン。これが貴方の探してた真相」
嘘であって欲しかった。だが、偽ることのできない事実に向き合うしかない。
「将斗ちゃんは、水無月さんをものすごく慕ってたの。水無月さんも将斗ちゃんを可愛がっていた」
「じゃあ私達の情事を見ていたのは?」
「将斗ちゃんよ」
治まったはずの身体の熱が一気に上昇する。
「貴方達の情事から目が離せなかった。何せ、あの理性的な水無月さんが息を乱して貴方を掻き抱いているんだから。」
「理性的だったんだ。あいつの前では」
あくまでも、将斗の兄として相応しい対応を彼にはしてきたのだ。
「それに水無月さんは、貴方を吸血する前まで、異性愛者でね。でも、長続きしなかったの」
ご主人様が異性愛者なのは知っていた。
「だから、すぐに飽きるだろうって思ってたけど、5年以上続いたから。姫にするんじゃないかって」
我々の世界の姫という意味は、女性だけを指すわけではなく。受け身、つまり吸血された側が、生涯吸血した側に見初められ、かつ一生を共にする伴侶となるに相応しいことを意味するのだ。
「だから許せなかったわけか…。私を」
「まだ、将斗ちゃんに貴方の正体は言ってない。だから貴方の中に留めておいて欲しい。…でも、貴方は自分を許せないのよね」
「あぁ」
「分かった。ただそのXデーは、アキちゃんに知らせるの?」
万が一のこと、いや、9割以上私の身が危険に晒される。アキを突然一人にするのは、あまりにも不義理に思える。
「知らせるさ。ただ反対はすでに喰らってる」
「当然よ」
「だけど、こればかりは私達の問題だ。アキには申し訳ないけど。もし、アキがお節介のあまり」
私が将斗に刺されることは、覚悟しているが、何の罪もないアキが巻き込まれるのは、さすがにまずい。
「刺し違えがあったら、真っ先に連絡なさい。すぐに対処するから」
「ありがと」
「何せアキちゃんだもの」
「あと…」
「将斗ちゃんの処理?」
「私が危めることはないけど、多分良心の呵責に苛まれるだろうよ。あいつは。だから、私は大丈夫だよって」
「貴方、本気で将斗ちゃんが好きなのね」
馬熊医師に改めて、言われ顔が赤くなる。
「…好きだと思う」
「だったら隠した方がいいわ。だって憎まれるのは辛いでしょ」
憎まれたっていい。アキにしか見せない瞳を向けてさえくれるなら、彼の感情なら何でも受け入れたい。
「無関心よりはマシだよ」
「あなた、好きな人に対しては本当マゾなのね」
「あいつに対して、マゾになる必要性がないのだが?」
「いやいや、無関心より憎まれる方がいいなんて、マゾにもほどがあるわ。もしかして、殺される気満々なの?」
笑顔で頷く私に、血の気が引く医師。
「貴方ね、人間の殺され方より吸血鬼の方が痛いのよ。水無月さんが死んだのだって、ポックリと逝ったわけじゃないのよ?のたうちまわって、もがき苦しんだ末に死んだのよ?そうなってもいいの?」
「贖罪させていただくには、この上ない最高の殺され方がいいからな」
すると、馬熊医師はさらにため息をつく。
「貴方一人の命じゃないのよ。どうしてそんな厭世的なのよ。信じられないわ」
「だって生きていたって、幸せになれないから」
「幸せはなるためにあるんじゃないの。日々無事暮らせることが最大の幸せなのよ?それを捨ててもいいの?アキちゃんが狙われてるの知ってるでしょ?だったら絶対駄目よ」
「あんたに守ってもらいたいのだが。私では弊害が生じる。あいつも幸せになれない」
「あの子の幸せは何だと思う?貴方と暮らすなんでもない日が幸せだって、言い切ったのよ?その幸せを自ら壊す気?恩人のアキちゃんなのに」