STORY
□第ニ章 愛しき残像
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「そういえばアトリエの絵の進捗もよくないみたいだし…」
とてもじゃないが、自分が殺したご主人様の絵を描けるほど、神経は図太くない。
「なあ、アキ。前にも言ったが、真人間がヴァンパイアの内情を知りたがるのははっきり言えば迷惑なんだよ。放っておいてくれないか」
すると、途端にしょんぼりするアキ。流石に言い過ぎたと思ったが、訂正できるほど心に余裕がない。
「ごめんなさい。そこは私が踏み入れたらいけない領域なのね。でも…」
「何か文句でもあるのか?」
「ちゃんと血液は摂取できてる?食事だって、ほとんど手に付けてないじゃない」
アキの指摘通り、あの件以来私は提供される輸血パックも、食事もほとんど摂取できていない。何故なら、自分が生きるにはあまりにもつらすぎるからだ。
「それに仏聖堂にだって通ってないから、マサが心配してたわよ」
彼の名前を言われ、僅かに目を見開く。
「彼が?そんなに濃い関係を築いてないのに」
「それでも、あの子は心配してたわよ。殿山さんの体調は大丈夫なのかって」
私をダシにして、アキと会話するきっかけが欲しいのではないかと、あらぬ嫌疑を掛けてしまう。
「他人のくせに余計なお世話だと、話しておいてくれないか」
「ハルちゃんならそう言うと思った。でも、あの子は純粋に貴方を慕ってるのよ」
「珍しい人種だからだろ。直に飽きるさ」
「本当、ハルちゃんって捻くれてるのね」
「何を今更」
「人の優しさを求めてないのは分かるけど、その人の気持ちを踏みにじる言動だけは、いい加減よしなさいよ?」
彼の肩を持つアキ。
「まだ、伝えてないじゃないか。その踏みにじる言動とやらを」
「マサに対してだけじゃないわよ。貴方って本当、鈍感ね」
乱暴にドアを閉めて、去っていく。普通の男性なら、追い掛けて彼女に詫びの一つでも入れるだろうが、生憎私にはそんな情は持ち合わせていなかった。それに干渉されるのも、するのも好ましくない私は、彼女を放置した方が気が楽だった。
しかし、それから引きこもり続けても三食と輸血パックを部屋の前に毎日置くアキには、さすがに申し訳なく思えてきた。
「なぁ、アキ。私のことなど構わなくていいぞ。ほとんど食べないのに、料理する側も精がないだろう?」
私なりの精一杯の譲歩だった。
「精があるか、どうかなんて気にしないで。だってハルちゃん、このままじゃ本当に死んじゃうじゃないの。そんなの嫌だから続けてるのよ」
「未だに、あの冬にあんたが私を助けた理由が分からない。見捨ててくれた方がよかったのに」
ご主人様が死んだのだ。今更生きる意味などない。なのに、何故私を死なせたくないのだろうか。自分を狙うヴァンパイアと同じ種の者なのに。
「そんなのできるわけないじゃない。私に言えないことなのは分かるよ。でも1人で溜め込むとドツボにはまるわ」
今、まさしくその状況なのだ。だがそこからはい上がる気力も私にはない。
「だからさ、マサと気晴らしにどこかに出掛けなよ」
「なんで彼となんだ」
理解できなかった。
彼女曰く、引きこもりをして外に出ようとしない私をどうすれば、外出できるのか将斗に相談したらしい。異性である自分が無理なら、同性である彼になら内情を話すかもしれないと期待して、外出の同行を依頼した。すると彼は、彼女の力になれるのならと、二つ返事で引き受けたらしい。
「なるほどな」
「今、マサ来てるから。マサ、何か話してあげて」
すると躊躇いがちにドアを叩く音が聞こえた。
「久しぶりです。将斗です。アキちゃんに言われて来ました」
馬鹿正直に話すその声の持ち主はまさしく彼だ。
「お引き取り願いたい」
正直に言えば、アキだけでなく誰にも会いたくないのだ。いくら将斗でも例外ではない。
「お断りします」
「帰れ。あんたが来ても私はここを出ないからな」
「なら、力付くでも外出させますよ」
遠慮がちな彼とは全く別人のような、強い口調。どうやら梃子でも動かないらしい。ドアをそっと開けるとあまりにもやつれた私に、唖然とする。
「こんな状況で、よく外出させようと思えるよな」
「こんな状況だからですよ。アキちゃんが、どれだけ心配してるか分かって言ってますか?」
アキは別室に行ったのか、姿はない。
「アキちゃん、アキちゃんって。口を開くとそればかりだなあんたは。とにかく放っておいてくれないかな」
ドアを閉めようとすると、片足を入れられ強引に開けようとする将斗。
「しつこいぞ。柊」