STORY
□第四章 真実の箱
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発情期も一週間が過ぎ、馬熊医師の医療的処置の甲斐もあり、治まっていった。
「本当、ヘンリーちゃんって溜め込むわよね」
「どっちの意味でだっ…」
治療のためとはいえ、半ば強制的に性処理をされ、くたくたになる。
「普通、ヴァンパイアでもそこまで抜かれたら、気絶するわよ。本当、絶倫ね」
「それ、褒めてないだろ」
「ま、治まったみたいだしよかった。これでアキちゃんの絵描けるわね」
発情期の期間中全く手をつけられなかった絵画を再開できるのだ。これは素直に感謝せざる得ない。
「確かにな…」
机の中にある札束を、彼に渡すと、引き返された。
「駄目よ。これはお仕事に使いなさい」
「しかし、出張勤務に、治療滞在費が…」
「これは善意でさせていただいてるし、お代ならアキちゃんから貰ったから大丈夫」
「あのお節介っ…」
「アキちゃんの依頼だったからね」
医療機具をアタッシュケースに直すと、席を立つ馬熊医師。
「あのさ…先生」
「なあに?」
「墓参りの時、アキに同行してもらうように言ったが、正解かな?」
「大正解よ。アキちゃんなら貴方の事情も知ってるからね。あぁ、そういえば貴方のお気に入りの子犬ちゃんだけど」
いきなり話題があいつの話になる。
「将斗がどうしたんだ?」
「よく、貴方が発情期だって分かったわね。貴方見た目だと全く分からないから」
「アキが相談したんだよ。女の自分が対処できないから」
「そうだったのね。発情期って辛いことをあの子も身を持って知っているからね」
「真人間でも?」
「あの子の場合、血流が激しくなるから、いきなり頭に激痛が走るのよ。もうね、立ち上がれないくらい」
以前、将斗の症状を聞いていたので想像は難くない。だが私とは別の苦しみらしい。
「だから、いくらか頭痛を、和らげる薬を処方するの。ちなみに貴方に処方した薬は別のだからね?」
私に処方したものは、バイアグラなどの精力剤とは真逆の効果をもたらすものだ。とはいえ治療期間に1週間も要したのだから、馬熊医師に絶倫だと言われても仕方ない。
「発情期が来る度、頭痛に悩まされるなんて…」
「可哀相って思ってる?」
「日々の生活が大変だなとは思っている」
「こればかりは、持病だから仕方ないの」
「私のも?」
「えぇ。貴方の場合、ジューンによって引き起こされたものだからね…。その肝心のジューンがこの世にいないから、治しようがないのよ」
この医師でさえ、私の発情期を抑えることしかできないの。
「じゃあ、私はずっとこの身体を持て余すしかないのか?」
「番いが見つかるまではね」
「番い?」
「えぇ。番いが見つかれば、発情期は治まる。といっても定期的に処置というか」
SEXをしなければならないのだ。ご主人様とは、紆余曲折の中順応できた。しかし、他人と懇ろになるなんて想像できない。
「死ぬまで苦しまないといけない定めなのか。本当、ご主人様に愛されたばかりに…」
「アキちゃんにも、このことは話したわ。自分が力になれるのなら全力で対応するけれど、貴方がそれを望まないのを知っているから歯痒いって…」
本気で自分の身体を私に、差し出すつもりだったのだ。
「アキを性処理のために利用したくないんだよ」
「愛しているから?貴方はもともと異性愛者だったしね」
「異性愛者だったかもしれないが、アキにはそういう感情で見たことはないし、私の慰み者にしたくはない」
「そう。大切なのね」
ため息をつく馬熊医師。
「あぁ、恩人だしな」
「ねぇ、ヘンリーちゃん」
「なんだ」
「もし、自分に何か起こったら、アキちゃんをどうさせるの?」
一度、彼にはご主人様のお墓に行った後、真相を知りたいと伝えたのだ。その上での質問だ。
「アキの身の上の話だが、あんたに任せたい」
「あたしに?どうして」
「私の一番信頼できる相手だからだ」
「将斗ちゃんはダメなの?」
「本人が拒否した。どうしても将斗だけは駄目だと」
「アキちゃんは、あたしでも駄目だわ。貴方でなきゃ」
「私といる生活が好きだと言っていた。あいつの考えることはよく分からない」
「それは、完全に好意よ。わざわざ吸血鬼の貴方を自分の家に匿うなんて、好きでなきゃしない。ましてや、自分が吸血鬼に狙われる血液の持ち主なんだから」
やはり、アキの好きという感情は、それなのだ。
「アキの気持ちに応えることはできない」
うなだれる私。