STORY
□第三章 交わらない想い
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一度、悠人に何故吸血しないのかと聞いた。彼と私では番いになるどころか、摂取した彼だけが死んでしまうのだ。それを話すとため息をつかれた。
「それも嘘。恋愛対象でなくてもヘンリーちゃんは、貴女を大切にしてるのよ。だってヘンリーちゃんだって吸血された元人間よ?」
そういえば、ご主人様が同じ眷属にするため何度か、悠人を吸血したらしいが、すぐにその痣は無くなる。果てにはご主人様自身が灰になったのだ。
「ヘンリーは…」
「吸血衝動がないわけじゃない。でも、自分がジューンを殺した。だから貴女も殺してしまうと恐れてるのよ。命の恩人を殺すなんて、義理堅いヘンリーちゃんには出来ないのよ」
「先生ったら、ハルちゃんのことよく見てるんですね」
「そりゃあ、ジューンがハルちゃんの血がおかしいって言った時からよ。もう15年前にもなるかしら」
「じゃあ、性処理も?」
「ジューンがいない時に、どうしようもない時はね。でもジューンは、必ず彼の発情期の日には帰っていたから私は必要なかった」
苦笑する姿にまさかと頭が過ぎる。
「もしかして、先生もハルちゃんのこと…」
「いや、私は見た目オネエだし、医者だから医療的に性処理も手伝うけど、趣向はノンケよ。むしろ貴女の方が好みなの」
ニッコリと笑う先生。
「ごめんなさい」
「いいのいいの。アキちゃんは、ヘンリーちゃん一筋なの分かってるから。それに好きな子の依頼なら、断りたくないじゃない」
「…実は、将斗から貴方に診てもらうように言われたんです。だから、その…」
「今更、口を濁す必要はないわ。将斗ちゃんは、ヘンリーちゃんの正体を掴んでる。でも貴女が彼の正体を知らない前提で、私を勧めた」
私が悠人の正体を知ってると分かった上で、話をすると自分の正体まで暴かれるからだ。ぎりぎりの駆け引きの中で、言った話だったのだ。
「なるほど…」
「将斗ちゃんにとって、自分の正体を知られるのって死んでも避けたい話なのよ。だって一応は、一社会人として人間に溶け込んでいるんだしね」
将斗は将斗なりに苦労しているのだ。第三者視点で見てしまうあたり、彼に対して特別な感情を抱けてない証拠だ。
「もし、私が知ってると言ったら?」
「ヘンリーちゃんが仄めかしたと言って、彼を責めるわ。貴女を責めずにね」
悠人のせいにされたら、たまったものじゃない。
「そうなったら、私、殺されちゃいますか?」
「いや、貴女を殺すことはできない。だけどヘンリーちゃんを殺すきっかけを与えてしまう」
いずれにせよ、何も知らないふりをし続けなければならない。愛する悠人を生かすためなら致し方ない。
「でも、肝心のヘンリーちゃんは未だに、生きる気力を感じないのよね」
「いえ、将斗に会ってハルちゃんは随分と変わりましたよ」
驚きのあまり絶句する先生。しかし長年失われた悠人の感情が将斗との出会いで、取り戻されたのは事実で、悔しいが、それは認めざる得ない。
「そっか。本当に、そうなのね」
「…はい」
苦虫を潰したような顔をした私に、肩をポンと叩く先生。
「気を落とさないで」
「…すみません」
「とにかく将斗ちゃんがきっかけなんて、複雑よね?」
「はい」
互いの正体を知った時、相互に憎しみを抱くにちがいないことは、以前から危惧していた。いや、悠人の場合、追い出された理由すら知らない。それに憎しみの感情には無頓着だ。一方的に憎まれるのだ。
「ハルちゃんはああ見えて、優しいところがあるし、将斗のこと仕方がなかったと言うでしょう。でも、将斗は住家を奪うぐらいだから」
そう、悠人の居場所を強制的に奪ったのは将斗なのだ。これは私と先生で過去の調査をした極秘情報である。
「ジューンのこと、本気で慕っていたもの。だから、許せなくてああしたのよ。あの子の当時の心理を考えたら、そのまま殺害してもおかしくなかった」
住家を奪われて、死ぬしかないという状況に追い込んだ彼を許せるわけがない。そんな奴なんか悠人の心を奪って欲しくない。だから、悠人に猛反対していたのだ。
だが、盲目的な愛情の矛先を失ったのなら、直接的な原因である悠人を憎しみのあまり殺しても仕方がない。現に将斗は私の家に悠人がいることを知った上で、あの夜に来襲を掛けた。私のいないであろう月曜日の夜に。
しかし、たまたま出くわしたのが私だったために、悠人を仕留めることが出来なかった。
「ハルちゃんは、簡単に死なないですよね?」
その言葉に黙ってしまう先生。それは肯定とも、否定とも取れるか、あるいはどっちつかずなのか分からなかった。