STORY
□第一章 黄金の三日月
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「復讐するかしないかはあんた次第だが、捜索を依頼すればあのお節介のことだ、一緒に探すだろう」
「それじゃあ駄目なんです!アキちゃんは日向の中でいて欲しい。僕のドロドロした感情に彼女を巻き込みたくない」
「あくまでもアキは、御綺麗な存在でいて欲しいのか」
「もちろんです。なんてたって僕の女神ですから」
胸を張って言う彼の姿は、とても誇らしげだ。復讐すると言った憎悪の瞳とのギャップに驚かされる。
「だから、僕は光にはなれないんですよ」
いきなり気分が急降下したのか、俯く将斗。表情がコロコロと変わるその様子に、笑えてしまう。
「本当、飽きないやつだな」
「それってからかってますよね」
口を尖らすその仕種は、どう見ても23歳の青年には見えない。幼く感じてしまう。
「褒めてんだよ」
「殿山さんの褒め方って分かりづらいですよね」
「あまり人を褒めたことがないからな。というより褒められた経験がそれほどないせいかな」
「…僕もですよ」
「そうなのか?」
「兄さんの方が、優れていましたからね。容姿はもちろんですが、性格もそうだし頭の良さも」
「親からは?」
表情に陰り出す将斗。
「褒められた記憶がほとんどありませんね。今でも亡き兄さんのことばかりで、僕のことなんて」
案外私達、は似た者同士なのかもしれない。
「あ、すみませんね。こんな話、しても面白くありませんよね」
「確かにな。両親の自慢をされても困るがな」
「確か、殿山さんはアキちゃんと同居してますよね。ご両親はご存知ですか?」
「あぁ、伝えてるよ」
「結婚とか言われたりします?」
「私の性格上、それは無理だと知っている。それに前の恋人のことを引きずっているのも知っている。だから、言われたりしないよ。あんたは?」
首を横に振る将斗。
「僕のことは基本的にどうでもいいみたいです」
「アキのことで話をしないのか?」
「彼女のことは話をしたことはありませんが、両親も彼女のことは知っています。昔からの仏聖堂の信者ですから」
「そうか」
紅茶を飲み干すと、私は窓の風景を見る。もうすぐ雪が降る季節に変わる。
「アキちゃんと僕では釣り合わないけれど」
「でも、アキのことが好きだろ?」
「はい」
「私から言おうか?」
「駄目ですよ。アキちゃんは僕を、異性だって思ってくれてなさそうだから」
「じゃあ言わないんだ」
「…はい。確証を得られないのに言うなんて」
「馬鹿げてるか」
私は、ご主人様を愛していたが、ご主人様は私を奴隷(というか性欲処理のための器)としか見ていなかった筈だ。だが、私は彼に抱かれる度に好意を示していた。なんだが過去を否定されたようで、切なかった。
「馬鹿げてるわけじゃなくて。おそらく僕から自発的に恋をするのは、十年ぶりだから簡単に終わらせたくないんです」
「失恋したところで、簡単に諦められるなら、最初からするな。時間の無駄」
「諦められません。だから、辛いんですよ」
切なげに睫毛を揺らすその姿は、まさしくアキに恋している証拠だ。彼の恋は本気なのだ。
「アキに彼氏は、いないぞ」
「でも貴方が、いるじゃないですか」
「私はあくまでも同居人だよ」
「でも、僕より遥かに可能性があるじゃないですか」
「仮に私達が恋人になっても、喜べるか?」
「僕の幸せは、アキちゃんが笑ってくれることですから、彼女が幸せならいいんです」
内情はどうであれ、常にアキを優先する健気さに、過去の自分を思い出してしまう。私もご主人様が笑ってくれるなら、なんでも要求に応えた。あれは、今思えば自分のエゴだったのかもしれないが。
「残念ながら私達は恋人にはならないさ。私が恋を抱くのは異性じゃ無理なんだよ」
「じゃ、じゃあ恋人っていうのは?」
突然のカミングアウトに動揺する将斗。
「男性だよ。彼のせいで異性に恋愛感情を抱けなくなった。つまり骨抜きになっちゃったんだ」
「じゃあ、彼氏がいなくなった今辛いですよね?」
「辛いってもんじゃねえよ。今でも思い出すからね」
「アキちゃんは知ってるんですか?昔の恋人のこと」
「アトリエの絵が同じ男性ばかりだから、気付かれてる。尊敬する人だとぼかしたけど」
「尊敬する人ですか…」
「私みたいな日陰者を、見てくださった」
過激な行為をなんども体に刻みつけられても、生存価値を見出だせなかった自分には、生きる希望になっていた。