STORY

□第ニ章 愛しき残像
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「アキには、されるけどな」

「拒絶なさらないんですね」

「アキの場合はな。あいつは家族みたいなものだし」

そっと手を離すと、俯くマサ。

「前にも言いましたけど、貴方が羨ましいです」

「アキと一緒にいるからか?」

「それだけじゃない。アキちゃんが花のように笑うのも貴方の前だけですよ」

確かにアキは無邪気に笑うが、彼の表現通り、花が咲いたような笑い方をするのだ。将斗にはしないのだろうか。

「それはあんたが、ちゃんとアキを見ないからだよ」

「それは…」

「アキは常に真っすぐ人を見る。だからそれに応えてやれ。それが無理なら一生見られないぞチキン野郎」

ここで反論してくるかと思いきや、何も言わず俯いたままの将斗。

「だってあんた、いつかはアキに告白するんだろ?そんな時にちゃんと見なきゃ、アキは応えないぞ」

「いや、アキちゃんに告白なんてできませんよ。だってアキちゃん好きな人がいるってはっきりこの耳で聞いちゃいましたから」

隠れた瞳が泣きそうに笑うのが見える。アキの好きな人間は将斗ではないのか?泣きついた相手が彼なのに、いったい誰なのだ。

「だが、成就はまだしてない筈だ。もし恋愛が成就すれば真っ先に私に報告するから」

何を隠そうアキは、やたらとモテるのだ。しかも彼女は自分から好きになるのではなく、好きになってもらって告白を受ける側なのだ。

「それに、好きになられた場合でも言うんだよなぁ。でもあんたの件は聞いてないってことは、まだ知れてないわけだな」

「…よかった。もし僕がアキちゃんを好きだと本人にバレたら、仏聖堂にいられませんよ」

「バラしてやろうか?」

この時の私の気持ちは、全く逆の方向に言っていた。口が裂けても言いたくない。ましてや、自分の興味がある相手は、自分以外の人間に熱を上げている。その事実を自分で言ってしまえば、認めてしまうことになる。

「や、やめてくださいよ。本当、意地悪ですよねそういうところ」

「からかいたくなるんだよ。あんたみたいな奴は」

「だから子犬呼ばわりしてるんですか」

「私から見たら、子犬同然だよ。あんたは」

「ちゃんと将斗っていう名前があるんですから。将斗って呼んでください」

私を見上げる三日月の瞳。今は夕日に照らされ、茶色に橙色が混ざっていて、不覚にも綺麗だと思ってしまう。

「前はマサって呼べって言ってなかったか?」

「あれは、信者さん限定です」

「つまり私は部外者か。なら尚更、名前で呼ぶ必要性はない。あんたはアキの忠犬だろ?」

「忠犬じゃない!!」

憤慨するその瞳は間違いなく、私に向けられたものだ。体がぞくぞくっとする。

「貴方は僕にとって、大切な友達だから。だから名前で呼んでほしいんですよ」

「大切な友達か。会ってまだ半年も経たないのに、安い言葉だよな」

「半年も経たなくても分かるんですよ。だから将斗って、言ってくれなきゃ嫌です」

些か彼の願いは、我が儘にも思えた。だが実は、他人よりは少しだけ特別な存在になれた気がして嬉しかった。

「じゃあ忠犬マサで」

「もう、ふざけてるでしょ」

「…将斗」

「ありがとう。悠人さん」

彼が微笑んだその瞬間、心臓の鼓動が僅かに早まった。その後、ほとんど無人状態の美術館に入り、会話もせずに絵画を見て回る。今回の美術画は、夭折した彫刻家かつ画家のハリル・トニーの遺作が展示されていた。

「この人って有名なんですよね」

「あぁ、知っているとも。紅龍の絵は特にな」

真ん中にある絵を見て、衝撃を受ける。それは私しか知らないご主人様であるジューン・グリンドールに瓜二つの肖像画がそこにあったからだ。

「こ、この絵は?」

「ハリルが、ジュニーU世に贈るはずだった誕生日プレゼントです。本当、瞳が印象的ですね。彼の瞳は紺碧色なんですが、その中に紅色が交じるんです。その再現にハリルは大変苦労したと、聞きました」

「あぁ、確かに複雑な色合いだな」

「そういえば、悠人さんも瞳を強調して描きますよね?」

私の描く上での癖を、アキにでも聞いたのだろうか。

「愛し君の肖像画でしたよね。オークションで販売されていたの。あれ、僕が買いました」

なんと、あの絵は目の前にいる将斗に購入されたのだ。その事実に目を見開いてしまう。それと同時に私が同性愛者だと、バレたのではないかと戦慄が走る。

「将斗が買ったのか」

「えぇ。描き手のその人物に対する愛がたくさん詰まった深い絵だと思います」

「そうか」

夕日が沈み、夜空に月があがる時、絵を見上げる彼の横顔をふと覗くと、そこには黄金の三日月が見えた。
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