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□月のしずく
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明日、家には呼んで欲しくないという月希の意見を汲み、うち一人の屋敷に五人を集めた。
高槻が屋敷に通されたときにはすでに五人ともそろっていた。

「高篠殿。わざわざご足労痛み入ります」

屋敷の持ち主の公達が頭を下げる。それを適当にいなし、本題を切り出す。

「皆、私の娘を奥にと望んでいるらしいが、相違ないか」
「間違いありません」
「確かに」

五人が全員、是と応える。

「そうか。では伝える。
『どなたが劣っていて、どなたが優れているということはありません。
ですので、私の見たいと思っているものをお見せくださることができた方と契りを交わしましょう。そうすればお恨みも残らないでしょう』とのことだ。どうだろうか」
「それはいいお考えです」
「さすがは聡明な姫君ですね」

反対するものは居ない。高槻は言葉を続ける。

「では、あれの望むものだが、
仏の御石の鉢、蓬莱の珠の枝、火鼠の衣、竜の首の五色の珠、燕の子安貝。
だれがどれを持ってこようとかまわないとのことだ」

高槻が言い終えると、五人は色をなくした。
どれも伝説のなかのもので、実際に存在するかどうかわからない代物だ。

「お、お待ちください!それらは……」
「あまりにも酷なお話ではありませんか」
「本当に姫はそれらを望んでいらっしゃると!?」
「ああ。それとも、疑うか?」
「っ!!」
「滅相もございません、高篠殿!」
「しかし、条件が…あまりにも…」
「私はあれの意思を汲み、言葉を伝えただけのこと。実行するか否かは個人の自由だ」

話は終わったとばかりに、いまだ困惑する五人を尻目に高槻は屋敷に戻った。
戻った高槻を迎えたのは綾ではなく月希であった。心配そうな面持ちで高槻の帰りを待っていた。

「ただいま、月希」
「おかえりなさいませ…あの…」
「言葉はすべて伝えてきた。さすがに色をなくしていたぞ」
「そうですか」
「なにせ伝説上のものだからな。よく知っていたものだな、月希」
「もちろんです」
「これでしばらくは静かになるだろう」
「はい。ありがとうございました」

しかし、月希の嫌う面倒ごとはこれで終わらなかった。

月希の噂は帝の耳にも入っていた。
今回の機転の利いた求婚の断り方は特に帝の興味を引いた。

「面白いじゃないか」
「帝?」
「さすが高槻の娘、といったところか。うまいこと人を転がす。興味深いな。貴美子」

ぱちんと扇を鳴らし、傍に控えていた一人の内待を呼ぶ。
貴美子と呼ばれた内待は恭しく御前に近づいた。

「はい」
「会って来い。なよ竹の姫に」
「かしこまりました。すぐに」

貴美子はすぐさま支度を整え、高篠の屋敷に向かった。
帝からの使者ということで、さすがの高槻も追い返すわけにも行かず、丁重に貴美子をもてなした。

「帝のご命令で、貴方様の一の姫を拝謁してまいれとのことで参りました。どうぞお取次ぎを」
「わかりました。すぐに呼んでまいります」

綾が月希にその旨を伝えたが、月希はそっぽを向いてしまった。

「月希?」
「私には言うほどの器量もありません。なのにどうしてお目にかかれましょうか」
「月希、なにを言うのです。帝からの使者ですよ」
「帝のご命令だとしても、会う気はありません」

普段の月希からは想像も出来ないくらいきつい物言いだった。常々綾や高槻に逆らうことなどなかった月希に綾は困惑した。

「申し訳ございません。あの子はまだ幼く、物の判断もつかない子です。どうぞご容赦を」
「必ずお会いして参れとの仰せでしたのに、お会いせずにどうして帰れましょうか。
帝のご命令ですよ、早くこちらに連れて参りなさい!」

頭の下げる綾に貴美子は鋭く言い放つ。あまりの物言いに、それを聞いた月希は憤慨した。

「いくら帝のご命令と言えど、そのような物言いでは会う気にはなりません。
そんなに私がご不満ならいっそ早く殺してしまいなさいとお伝えください!」

ここまで言われては貴美子も引き下がるしかなく、高槻を睨みつつ帝の元に帰った。
憤りを隠そうともしない貴美子を帝は不思議に思ったが、報告を聞くと合点がいったように笑いをこぼした。

「ははははっ なかなか強情な姫なんだな」
「笑い事ではありません!帝っ
こんな失礼なこと、許さずにはおけません!」
「いや、いい。あれはそうでなくては」
「帝!?」
「次は無難に、文を送るか。届けてくれるか?貴美子」
「……すぐに」

やるせない気持ちを抱えつつも、帝がそういうのなら逆らう術など貴美子にはない。

貴美子の帰った高篠の屋敷では綾が切羽詰った声で月希を嗜めていた。
帝の使者に会わなかったばかりか、いっそ殺せといったことが許せなかったようだ。

「月希!あの対応はあまりではないですか。本当に殺されたらどうするのです!」
「それならそれで構いません」
「月希!」
「月希」

今まで黙っていた高槻も厳しい声で嗜める。
月希は泣きそうな顔で高槻を見上げる。

「だって、そうでしょう……
会えば必ず参内を、と言われてしまう
貴方たちと引き離されて、私はこの世界で生きる意味なんてない…」
「月希……」

伏せた顔に髪がかかる。それは艶やかな黒髪ではなく、光を反射する銀色だった。
人間が持つはずのない色___
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