宝物
□昔々あるところに
1ページ/2ページ
「あ、」
「あ」
寺子屋からの帰り際、門で偶然好きな人に会いました。なんてロマンチックな場面から遠く離れている、いや、寧ろ対極的な状況下で私は銀時とかち会った。
死骸や錆びた武器の転がる寒い荒野の上。それぞれ繰り出していた戦から拠点に帰る道の途中で、だ。
持ち物は刀と血のこびりついた衣服、それから一層傷ついた己の身だけ。残念だとしか言いようがない。
「…おっす?」
「なんだよそれ」
他人行儀ですか、と呆れた顔で言われたが、お帰り、お疲れ様、また会えたね。どの言葉も私達が用いるにはあまりに平和すぎて、ふさわしくないと思ったのだから。
かと言って少し無愛想すぎたか、と若干の後悔をしていると隣で銀時が吹き出した。
「なんかおかしいことした私?」
「いーや」
「じゃあなんで、」
「普通無事だったんだねとか言うだろ、おっす?って何で疑問形な上に体育会系なんだよ。…お前ホント緊張感の欠片もねーな、つーかバカだな。ま、そういうところも、」
そこまで言ってぴたりと銀時は話を止めた。
実に歯切れの悪い終わり方、というかまだ続きがあるのは明確なのに、彼はそれで完結させようとしている。「なんて言おうとしたの」「なんもねーよ」「うそだ」「嘘じゃねェって」。銀時が頑なに拒否し続ける理由は全くもって分からない。が、やはり銀時はこちらを見もせずにうっせェなんもねェ気にすんなの一点張り。何を言おうとしたのか多少の興味はあるが、生憎私は、頑固な銀時に真っ向からつっかかる気力も持ち合わせていなかった。
「話したくないんならいいよ、もう」
なんだかほんの少し笑えてきて、筋肉痛なのかなんなのか分からない痛みが脇腹を走った。
ね、と譲歩を表したつもりの笑みを銀時に向けてみる。すると久方ぶり(とは言っても数分ぶりなのだろうが)に銀時と視線がぶつかった。しかし無言だ。
敢えて言うなら、ふてくされているようにも見える。
何か返ってくると何の疑いもなく思っていた私にとってそれは、少し苦痛であった。口を開いたかと思えばあーとかうーとか意味の分からない唸りばかり。さっきまで普通にしゃべっていたので頭を打ったわけではないと思うが、どうにも違和感を覚えてならない。
「…オイ」
横並びで歩いていたはずの銀時の声が、少し私の後ろから聞こえた。
背中に夕陽を背負ったようにして立つ白夜叉は、神々しいと形容してもおかしくないくらいにまぶしかった。ただならぬ雰囲気をまとうその姿からは、対戦時のような緊張が感ぜられる。
「…だ」
「え」
「好きだ」
突然のことに耳を疑った。というかそれを受け入れられる程頭が働いていなかったと言った方が良いのかもしれない。その三文字がただ頭をぐるぐる駆け回る。それだけ。
いきなりの状況に呆然とするほかない私から視線を逸らして、バリバリと銀時は頭を掻いた。
「…言うつもりはなかったんだけどよォ」
―さっき流れで言いそうになったから腹決めたわ。俺、お前が好きだから。
その台詞のせいで口の中が異様に渇いて、じわじわと足の先から言いようのない熱が上がってきた。心臓が未だ嘗てない程うるさくもなった。手足がじんじん痺れた。私も、とか、好き、とか何か言おう言おうと思っても上手く口が機能してくれない。それどころか、そうするつもりはなかったのに勝手に涙腺が崩壊してしまっていた。微妙にぼやけた視界に映る銀時はと言うと、一定の距離を空けたまま突っ立っている。
きっとびっくりしているのだろう。なんて思ったら、松陽先生の言葉が自ずと浮かんできた。「貴方達が喧嘩をした時に流れる塩辛い涙とは違って、嬉しい時に流れる涙はとても甘美なものなのですよ。どうせ流すなら、そちらの方を流しなさい」。
口に入ってくるのは、悲しい苦しい悔しい時に流れる塩辛い液体じゃなくて、温かくて不思議に甘い、涙だ。
「嬉し涙が甘いって、本当なんだ」
漸く出て来た私の言葉に、銀時はまた吹き出した。私もそんな銀時と自分がおかしくて笑った。
「お前はやっぱバカだな」
荒んだ世界で汚れた体で愛を伝え、泥の混じった涙を流し、笑う。そして甘くて少し錆び付いた味のする、乾いたキスを素直じゃない彼と交わす。腰には刀、BGMは痩せこけた烏の鳴き声。明日も分からない命二つ。そんな、夢の欠片もないストーリー。それでも私にとっては、充分なロマンスだった。
昔々あるところに
(今思えば変な告白だったよね)(うっせーお前のせいだろうが)(でも銀さんらしいっちゃらしいですが)(この男はいつまでたっても不器用アル)
今はお帰り、って胸張って言えるよ。
.
<なおる様よりいただきました>