遠き夜空に夢は落ちて
□第四章 その目に映る、この目に映る
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「ねえ、女性にこう云うのを任せるなんて紳士の私としてはとても気が引けるのだけど」
車に乗り込んだ背広姿の太宰さんは私が運転するのに未だ不満を抱いているそうだった。
「暴走運転すると云う時点で紳士さなんて欠片も無くなっているかと思いますが」
私はと云うと[招宴衣装]を身に纏っている。行き先が競売会場、となるとこう云う馴染みのないものにも着替える必要がある。
後私の場合忘れてはいけない変装が・・・黒のカラーコンタクトと、更にその上に伊達眼鏡を一応。
「だからそんな事ないって。国木田君の出鱈目さ」
「冗談云える人じゃないでしょ、国木田さんは」
「あ・・・それは確かにね」
「・・・兎に角、諦めて大人しく助手席に乗っておいて下さい」
はーい、と窘められた子供さながらに漸く折れる太宰さんに、笑ってしまう。
「じゃあ、行きますか」
エンジンをかけ、車を出発させた。
「いやあ、逢為灯ちゃんと仕事。嬉しいねえ」
助手席の太宰さんは仕事に行くとは思えない程に浮足立っている。
「遠足じゃないんですよ」
「おお、いいじゃないか!いっそ何処か景色の良い所でランチでもしないかい」
「・・・本当にハンドル持たせてたら目的地に辿り着いてなかったでしょうね」
とまあ、緊張感が全く無い。まだ目的地にすら着いていないのに国木田さんの苦労を既に身に染みて理解してしまった。凄いなあの人。
「・・・あの」
・・・それよりも、気になっている事があった。
「ん?」
太宰さんの目が此方を向く。
「マフィアに捕まったって・・・本当に大丈夫だったんですか」
出てきた声は、少し震えていた気がする。
何故太宰さんを捕らえたのか、勿論私は知る事は出来ない。余程の重大な事情に関わっていたのかもしれない。
それでも、どんな事情であれ、彼奴等の事だけは私は許せなかった。許せなくて、そして、怖い。
「大丈夫」
そんな、大袈裟にも見える程に感情が浮き彫りになった私に、ふわりとした声が届いた。見ると太宰さんが、優しく、そして何故か何時にも増して哀しそうに、微笑みかけてくれていた。
「私は彼等には、負けたりしない」
それからそう云った。同じ声色のまま、だけど力強かった。
「・・・絶対、ですからね」
そう返す私の声は、先刻の太宰さんのよりも余程駄々こねの子供の様だったと思う。
それでも太宰さんは、真剣に、しっかりと頷いてくれた。
車は目的地の建物がある、山の麓に来ていた。
* * *