遠き夜空に夢は落ちて
□第三章 在りし日の・・・
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* * *
───私は鏡花。35人殺した。
ポートマフィアに操られるままに戦わされてきた女の子、鏡花ちゃん。
僕は昨日の昼、列車の爆破計略に加わっていた彼女を保護した。
彼女は今、探偵社の医務室で眠ってる。
───もうこれ以上、一人だって殺したくない。
彼女の願いは、こんなにも優しいものだったのに・・・
医務室の前に座り込む僕の前に、人影が立つ。
「また面倒を持帰ったな」
国木田さんだった。顔を上げると、彼は僕の手に何かを放った。
「わっ」
「蓄電池は抜いてある」
兎のストラップが付いた、鏡花ちゃんの携帯。
この携帯の声のままに、彼女は多くの殺戮を・・・
「僕がもっと早く気付いていれば」
如何しようも出来ない事、そうとは判っていたけど、口にせずには居られなかった。
「気にするな。お前に出来る事はない」
案の定、国木田さんにバッサリと断言される。脇に挟んでいた新聞を渡された。
「あれは手遅れだ」
開かれていた頁には「警官一家惨殺」と云う見出し。小見出しには「少女の兇行か」とあった。
「あの娘は界隈では名の通った暗殺者だ。容姿で油断させ、敵組織ごと鏖殺する」
眼鏡を上げながら、国木田さんは云った。
「だが急激に戦果を挙げすぎた。顔がされて捕まるのは時間の問題だ」
彼女が、まだ幼いあの少女が、捕まる・・・
「そんな・・・悪いのは彼女の異能を利用してる奴なのに」
国木田さんは眼鏡に指を掛ける。
「・・・異能が当人を倖せにするとは限らん。お前なら、知っているだろう」
・・・そうだ。虎になるこの異能の所為で、孤児院を追われ、人喰い虎と恐れられた僕。
でも・・・
「お早う御座います」
ドアを開く音がして、人が入ってきた。
「逢為灯さん」
逢為灯さんが、何時もの控えめな笑顔で微笑んで立っていた。
「お早う御座います」
「お早う、敦君」
「お前・・・また隈が濃くなっていないか?」
国木田さんの指摘に、僕もそう云えばと考える。
「あはは・・・少し、眠れなくて」
困った様に逢為灯さんは笑う。
・・・彼女も、異能で倖せになれなかった人、か。
ガチャ。三人が集っていた所に、すぐ側のドアが開いた。
医務室から与謝野さんが出てきた。
「目覚めたよ」
医務室に入ると、鏡花ちゃんはベッドの上で、天井をじっと見つめていた。
「・・・大丈夫?」
答えは返ってこない。
「ええと・・・此処は探偵社の医務室」
もう一度尋ねてみる。
「工合どう?」
矢張り彼女は何も云わない。
「娘」
国木田さんが彼女を鋭く見下ろす。そして云った。
「黒幕の名を吐け」
えっ・・・。
鏡花ちゃんは相変わらず、黙したままだ。
「マフィアの部隊は蛇と同じだ。頭を潰さん限り進み続ける」
逢為灯さんは、何も云わずに静かな目で鏡花ちゃんを見つめている。
「答えろ。お前の"上"は誰だ」
「く、国木田さん」
耐え兼ねて、僕は口を出してしまう。その時、
「・・・橘堂の湯豆腐」
ぽつりと、鏡花ちゃんが云った。
「へ?」
「とうふ?」
全く無関係な単語に、国木田さんすら戸惑った様子になる。
「おいしい」
「・・・?」
「食わせろ、と云う事か?」
いち早く気付いたらしい国木田さんが云った。
「食べたら話す」
頷きこそしなかったが、彼女はそう返した。
「なあんだ」
そうだよね!美味しいもの、食べたら少し倖せに気持ちになれるし!
「良いよその位」
満面の笑みで笑った時に気付いた。
国木田さんと逢為灯さんが、驚き呆れた目で僕を見ていた。国木田さんに至っては、異星人を見たかの様に引いている。
「・・・え?」