遠き夜空に夢は落ちて
□第四章 その目に映る、この目に映る
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「太宰さんと、ですか?」
国木田さんから依頼を受け取った私は、今回の相方と云うその名が意外で尋ね返していた。本来太宰さんは、国木田さんとコンビの筈だ。
「ああ、至急との事なんだが頼めるか枕伽?今は全員手が離せなくてな。俺も別件があるのだ」
成る程。
「ええ、勿論。行かせて頂きます」
「助かる。・・・彼奴の相手は本当に、本っ当に大変だが、頑張ってくれ」
「あはは、矢っ張りそうなんですか」
「俺は彼奴のお陰で規則正しい生活習慣で二十年間培ってきた健康を壊されたからな。・・・全く、今日来なかったらただじゃおかん」
昨日は太宰さんは、無断欠席している。一昨々日からずっと音沙汰が無いままで流石に不安になってきていたけど、結局昨夜国木田さんが下宿に電話を掛けた所寝惚けた声で出てきたとか。
で、今日は出勤時刻から三十分近く過ぎているがまだ来ていない。
「あ、それで。依頼の内容は?」
「ああ、そうだな。・・・非道な案件だ」
私が尋ねると、国木田さんは手に持っていた資料に目を落とし、嘆息してからそれを渡してくれた。
「競売会場の摘発だ」
「・・・!」
五感が格段に敏感になった気がした。競売・・・。
「臓器や人身が、当然に出品されているらしい」
資料に目を通しながら、十年近く前の私の過去が脳裏に駆け巡っていた。
「警察の人間も一昨日出向いたそうなのだが、連絡が途絶えてしまっているらしい。事を急いでいる次第と云うのはそれの事の様だ。奴等に見つかっている可能性が高い」
・・・まだ、あんな道徳の欠片もないものが蠢いているのか。
「・・・判りました」
確認し終えた私は頷いた。
「頼ん」
「おっはよう御座いまーす!」
快活な声と共に玄関のドアが開いた。・・・やっと来たらしい。
「やあ!国木田君に逢為灯ちゃんじゃないか!ああ、今日も麗し、どぅがっ!」
揚々とのうのうとやって来た───太宰さんはすぐさま国木田さんに蹴り飛ばされた。
「と・・・とうとう挨拶まで暴力かい?」
「太宰コラ!お前はコラ!三日も無断で何処ほっつき歩いとったんじゃコラ!おまけに今日も二十八分三十五秒も遅刻だぞコラ!」
「数字に細かい国木田君に問題!今君は何回『コラ』と云ったでしょう?」
「ん、うむ・・・一、二・・・って話を晒すなコラァ!」
「どへやぁっ!」
・・・早速妙な遣り取りが始まった。
「で太宰!欠席の理由は!」
説教の口調のまま国木田さんが尋ねる。笑顔で返されたその答えは真逆予想だにしないものだった。
「マフィアに捕まってたのだよ」
「・・・は?」
私と、国木田さんは一音漏らして唖然とした。太宰さんは呑気に続ける。
「四日前の夜にね。和服の少女だったよ。多分昨日国木田君が電話で云ってたうちに身を置く事になった、って子」
「鏡花か」
「鏡花ちゃんってのか。此処も途端になったものだねえ」
「おい如何いう事だ、マフィアに捕まったとは」
「言葉通りさ」
「それから如何した訳だ、巧い事逃げたって事か?」
「勿論!処刑どころか私を捕らえた事を後悔させてあげたよ」
「だが何故お前がマフィアに捕まるのだ?」
「さあねー、まあ如何でもいい事さ」
「・・・一先ず、その話は後で報告書に纏めて貰う」
あっけらとし過ぎている太宰さんに、国木田さんは諦めた様だ。
「ええー」
「依頼が来ている。枕伽と行ってこい」
「おや、逢為灯ちゃんと?」
私を見る太宰さんの目が少し明るくなった気がする。
「よろしくお願いします」
「そう云う事ならお安い御用さ!早速行こう逢為灯ちゃん!」
「その遣る気を俺との仕事の時も見せて欲しいものだな。・・・ああそうだ枕伽」
呆れ返る国木田さんは、ふと思い出した事があったらしく私に向き直った。
「運転は絶対お前がやれ」
「え?」
「此奴にハンドルを握らせたら死ぬぞ」
「は、はあ・・・」
・・・よく判らないけど、国木田さんが云うのだから覚悟しておいた方が良いかもしれない。
「酷いなあ国木田君。私のハンドル捌きはとても清々しいと思うよ」
「・・・ああそうだな、清々し過ぎる程に常識皆無の運転だ。・・・はあ。枕伽。依頼に此奴の世話に、改めて申し訳なくなってきたが・・・頼む」
溜息を吐く国木田さんに、私は笑ってみせた。
「はい」
そんなこんなで太宰さんとの初仕事が始まった。