遠き夜空に夢は落ちて

□第二章 人を殺して死ねよとて
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───太宰さん。

昨日、枕伽逢為灯は、武装探偵社の仲間となった。
・・・彼女に、伝えられなかった。伝える方がよいのか、そうしない方がよいのか、迷っている内に、そのままだった。
夢の中で彼女と最初に会った時に過ぎった私の思考は、間違いでは無かった。夢の中の私にとっての未来で、こうして彼女と出逢った。
そして私は、過去にも彼女と会っていたのだ。
それも、最悪な形で。
その彼女は昨日、探偵社に向かう道すがら私にこんな事を云ったのだった。

───先刻の話、私がしなければならない事全てが終わったら、もう一度誘ってみてくれませんか?

何の事か判らず尋ねると、彼女は何でも無い単語を口にする様にこう答えた。

───心中です。

「お嬢ちゃん。ねぇ誰か待ってんの?」

現実の方、私が今歩いている夜の横浜街では、男が何者かに声を掛けているのが聞こえた。声を掛けられているのは、少女か。和服を着ている。賢治君と同い年位に見える。私の足は、丁度その方向へと向かっていた。

───その時が来て、貴方が望むのであれば、もう一度私を心中に、誘って下さい。

言葉が出なかった。只の世間話をするかの様に死を乞う彼女に、唖然としていた。その日二度目であった。
君は私を、本当に驚かさせるね、漸くそう言葉を紡ぎ出してから、如何してかと尋ねた。
すうっと色が消えてゆくかの様に、彼女は口を開いた。

───もう、空っぽになってる気がするから。

その目は言葉通りの、ぽっかりと沈んだ空間になっていた。星の無い夜空であった。
あの時の目だ。嘗て少女であった彼女は、この目であの時の光景を、私を見ていた。
そして私は、それが私と、何処か近いものを持っていると、感じたのだ。
だから今の彼女の申し出は、嬉しくもあり、寂しくもあり、何より・・・
結局これらの何も私は伝えられず、くしゃくしゃに丸めて私の中の屑箱に押し込んだ。
ふふ、楽しみにしてる。精一杯の普段の私らしい返しを引っ張り出して、普段の私らしい笑顔を浮かべただけであった。

「こいつ昨日から同じ姿勢だぜ。死んでんじゃね?」

また別の男達が、和服の少女に構っている。昨日から。何故こんな幼い少女が夜通し一人立っているのだろうか。着物を身に纏える程だから孤児でもあるまいし。
横目に見れる程、彼女との距離は近付いていた。

「うおっ、動いた!」

少女の前を横切る。
その時、自分の外套を掴まれた。他でも無い、その少女に。

「───え、私?」

少女を見遣る。彼女は俯いた儘、ぽつりと呟いた。

「・・・見付けた」

背後に悍ましいものを感じ、後ろを振り向いた。
これは・・・
私は戦慄した。

「これは不味い」



逢為灯ちゃん。私は君に、何より・・・
謝らなくてはならない。

* * *
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