遠き夜空に夢は落ちて

□第一章 夢に彷徨い、そして出逢う 第四楽章 歯車が一つ、
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灯りも静かな事務所の応接間の机に手紙を置いた。
如何しようかとかなり迷ったけど、決意は固まった。
社長さんは、今回の事件の顛末の報告に警察に行っている。
残る社員は、皆、眠っている。無理も無い。一日中動き回っていたのだから。執務机に突っ伏す与謝野さんや敦さんに乱歩さん、賢治さん。医務室では国木田さんと谷崎さんも与謝野さんの治療が終わって眠っているだろう。治療中ずっと二人の断末魔が聞こえていたけれど大丈夫だろうか。
そして、応接間のソファに横たわる太宰さん。
あの迷路から戻ってきてから後、彼は立ちくらみを起こした。酷い頭痛を誤魔化していたのだ。酷い頭痛、それはあの悪夢の中に長い間放り込まれていたからだ。つまり、私の所為だ。
彼には一度直接御礼を云いたかった。そして、謝りたかった。
だけど、矢っ張り今の内に此処を去ろう。
これ以上彼等に迷惑を掛けたくは無いから。
その為には、出逢わない事、知り合わない事が一番なのだ。今迄の人生で私は、それを思い知っていた。

───アンタに逢えた事で幸せになれる奴だって、絶対居る。

与謝野さんが私に伝えてくれた事を思い出す。彼女は、強く、優しい女性だった。ほんの短い期間の間にこんな感情を抱くのはおこがましいのだけど、私にとって姉の様な存在だった。だから、そんな事を云われた時、私はとても、嬉しかった。
でも、申し訳ないけど、そんな事は無い、と思う。
私に逢えた事で幸せになれる人なんて居る訳ない。
私は、自分の大切な人でさえ、何時だって傷付けてきたのだから。

「・・・よし」

眠る彼等の一人一人の閉じた瞼に、手を翳しておいた。私に出来る御礼はこれくらいしか無い。少しでも返せていたら嬉しい。
太宰さんには使う事が出来なかった。一番御礼をしなければならない相手だったのだけど。
異能を無効化する。それは誰の干渉も受けないと云う事。施しを受けられない事。彼の異能の話を聞いた時、ふと思った。彼にとってはそれは、武器であり、寂しい事なんじゃ無いだろうか。
なんて、会って間も無い他人にあれこれ考察されたらたまったものじゃ無いよな。私の癖だ。

「・・・御免なさい、太宰さん。そして、有難う」

最後に彼に小声で囁いて、それから玄関のドアへと歩き出す。
ドアノブに手を掛けた所で、もう一度事務所の中を見回した。
月光が、眠る彼等を優しく照らしていた。

「おやすみ、皆さん」

如何か、良い夢を。

ドアを開き、私は武装探偵社を後にする。

* * *
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