短編

□Sweet Bitter Lily
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「卒業」という別離を目前にして、私たちの青春は幕を閉じようとしていた。








あの夜、セブルスは自身がずっと想いを寄せてきたリリーが本当は男性であったことを知り、何も言わず自室へ戻っていった。その背中を見送ってから元の姿へと戻った私は一睡もできず混乱のままに朝を迎え、そして私たちは"いつものように"スリザリンの談話室で再会を果たしたのだった。

驚くことに、そこからまた私たちの「平穏な日常」が始まった。まるで何事も無かったかの様に…。


ただ、微妙な変化にはすぐに気づいた。
セブルスはリリーの話を一切しなくなったし、大広間や廊下で彼女を見かけても、合同授業で接近することがあっても、あからさまに避けることもしなければ以前のように彼女を構おうとすることも、無くなった。


幸せであるはずの、日常

唯一真実とその全てを知っている私にとってはただひたすらに葛藤と自責と、贖罪の毎日だった。彼の隣に居ながらも何一つ打ち明けることが出来ないまま、月日は過ぎていったのだ。






NEWT試験も無事にクリアし、各々進路も落ち着いた上であとは卒業を待つのみとなった或る日。

各寮ではささやかなパーティーが開かれていた。
グリフィンドールのどんちゃん騒ぎとは違い、スリザリンのパーティーは淑やかなクラシックが流れる薄暗い地下での気品に満ちた饗宴である。
男子も女子もドレスアップしてソファーに腰掛けグラスを傾けながら談笑していたり、軽食をつまんだり、何組かはパーティーらしくダンスを踊ったりしていた。格式高い貴族の出が多いスリザリンではごく普通の光景だ。

セブルスは最先端ファッションというよりどちらかというとオールドスタイルのスーツに身を包んでいた。学生だけのフランクな場でもかっちりと着こなしているのが彼らしい。


「馬子にも衣装、とはよく言ったものだな」

2人分のグラスを持って私の元へやってきた彼からドリンクを受け取り、カチンと小さく鳴らす。

『…褒め言葉として受け取っておくわね。』

セブルスはふっと薄く笑って、私たちは2人並んで壁に寄りかかった。さほど広くない部屋に人がひしめき合っている所為もあってか、互いの身体の側面がピッタリと触れ合うくらいに密着している。

数分の間、私たちは会話もせずにただ何となく部屋をボンヤリと眺めていた。けれど心の奥底でほんの小さく灯った明かりが、じわじわと次第に広がってくるのを確かに感じ始める。彼に触れることができたのはあの夜以来だった。

不意に、セブルスがポケットに突っ込んでいた手を出してごく自然に私の手を握ってきたので思わず身体をびくつかせる。そんなことにもお構いなしに、彼は私の耳元に唇を寄せ「話がある」と囁いた。

顔から火が出そうになりながらも手を引かれるままに談話室を後にして、私たちが向かった先は…



_____必要の部屋だ。


嫌な汗が背中を伝う。
当然の如く無人の部屋に、二人の靴音だけが響いた。
否応なしにあの夜の記憶が鮮明に蘇ってしまい、また甘美な誘惑と苦渋の背徳という混乱に飲み込まれそうになる。心臓の高まりを何とか抑えつけながら、いたって平然なふうを装った。



先導していたセブルスが立ち止まり、くるりと振り返る。


「……開心術、って知ってるか」
『……!』

予想外の言葉に耳を疑いながら、その意味するところに遅れて理解が追いついた。
まさか、いや、そんなはずは……



「……ナナコ。
君のしたことは、実に愚かだった。」


セブルスは黒い瞳で真っ直ぐに私を見ている。
何かで頭を殴られた様な衝撃に、その場に立っているのがやっとだ。


『……ぜんぶ、わかってたの…?』

声が震えてしまう。
少しの沈黙の後、彼はおもむろに切り出した。

「……全部ではない。リリーのことを…彼女の秘密を知ったのは、あの時が初めてだったよ。情け無いよな、幼馴染だというのに10年も僕は気づいてなかった。」

…そう言ってほんの少し、寂しそうな表情で自嘲気味に笑う。私の身勝手な行動で、彼の大切な青春を崩してしまったのだと思うと胸が締まり過ぎて息が詰まった。彼女の秘密については変えようのない事実だけれど、例えば本人の口から打ち明けられるのとではまた訳が違うのだから。

『ごめ、…なさい…私…、私っ……』

セブルスはゆっくりとこちらに歩み寄り、私の頬に手を添えた。


「君の知らないであろう真実について、話があると言ったんだ。受け止める覚悟はあるか?」


力強く、深々と燃えるような熱を孕んだ瞳から目が逸らせない。

「あの夜、確かに最初は本当にリリーだと思っていた。けれどすぐに違和感を感じたんだ。…僕なりの、勘、というやつだが。そこで苦労して習得したばかりのレジリメンスを使ったというわけだ。……あとは、君にもわかるだろう。」

いまいち要領を得ずに疑問符を浮かべていると、彼は痺れをきらしたように溜息をついた。


「だから、君がリリーに成りすましていたのはすぐにわかっていたのだ。その理由も!わかった上で、遠慮なく求めた。リリーじゃない、君だからだ」
『……、それって、つまり、』
「まだわからないのか?鈍い奴だな。…つまり、だ」

いつもの様に、優しい声で悪態をつきながらも中途半端に言葉を切った彼は、私の頬を伝う涙にゆっくりと近づいてきてそっとそれを吸いとった。



「随分長いこと気づかなかったのだが、…ようやくわかったんだ。自分にとって本当に大切なものが、何であるかということが。」





その晩、私たちは結ばれた。
本能のあるがまま純粋な欲望と熱に身を委ね

…互いに愛し求め合う、男と女として。



二人とも生まれたままの姿で朝を迎えようという頃

もはや力の入らなくなった身体を寄せ合いながら私たちはこれからも共に生きていこうという話をした。



彼の左手首に刻まれた、闇の印にそっと口づけをして___。










:::

数年後



谷あいの、寂れた村

朽ちた家屋の跡地とその近くにある墓所を訪ねていた。



ジェームズとリリーが眠っている。




『リリーは、幸せだったかな』


隣に立っていたセブルスは私と同じ様にしゃがみ込むと、何も言わずに肩を抱き寄せてくれた。少しの間そうしてから、彼が先に動き出す。


「…行こう。あまり長居はできない」


仕方なく私も立ち上がり、物言わぬ冷たい石を見つめてから、彼の後についてその場を離れた。



真っ白な、リリーの花をそこに残して。





甘くほろ苦い、彼女という花
- E N D -




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