短編

□Sweet Bitter Lily
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しん、…と静まり返っている。
ちゅっと音を立てて唇を離し至近距離で見つめ合うと、ジェームズは眉間のしわを深めて怪訝そうに瞳を揺らしていた。



悔いたらいいわ。
自分がこれ迄にしてきたこと

もう二度と、私の心は手に入らないこと。




互いに一言も交わさなかったけれど勝敗は一目瞭然で、降参だとでも言う様にジェームズの身体から緊張と力が抜けていくのがわかる。その時、ようやく私たちを囲む人だかりの中から誰かが抜け出てこちらに向かって歩いてきていることに気づいた。


パンッ


渇いた音が湖にこだまする。
少ししてから、右頬にじんわり広がる熱とヒリヒリとした痛み。

リリーが悪魔にでも向けるかの如く形相で私を睨みつけている。その目に涙は少しも見えないが、彼女はきっと泣いているに違いないと思った。


『リリー』

一歩近づく私を制する様に、遂に彼女は杖を抜いた。

「……心底、失望したわ。親友だと思ってたのにっ!!」

彼女が呪文を放つのに躊躇しないだろうことは何となくわかっていた。そして私は甘んじてそれを受けるべきだということも。だって、彼女を傷つけてしまった…相応の報いは然るべきだ。


ぎゅっと目を瞑って構えていたが、呪文は一向にやって来ない。恐る恐る目を開いてみると

そこには私の大好きな、広い背中があった。


「…退いて、セブ。」
「さっき叩いたんだからもういいだろ。これ以上ナナコを傷つけるのは許さない」


私にとってこれほど信じられない光景はない。
セブルスが私を庇ってリリーに対峙しているなんて…しかも、私にはわかる。彼は淡々と吐いているがその言葉には相当な怒りが込められていた。


彼ら二人の間でも無言の会話が成されていた様で、しばらく見つめ合ったのちにリリーはそっと杖をおろした。
周囲のグリフィンドール寮生達は「丸く収まった」と胸を撫で下ろしそぞろに散り始める。

「…行こう。ナナコ」

セブルスがくるりと私の方へ向き直り、そっと肩に手を置いた。その手の大きさ、優しさ、温かさといったら…

ダムが決壊したように涙が止め処なく流れ出した。

とにかく悔しくて、セブルスを助けたくて、ジェームズを制したくて…だけど、大事なリリーを失ってしまった。その代償はあまりに大きく

私の心は、自分で思っているよりもずっとずっと、ボロボロだったらしい。

ただセブルスだけは、そのことに気づいてくれていた。
リリーにも他の人たちにも私が泣いているのを見られないようにと自分のローブの中に引き入れ隠してくれたのだ。


「…待って、セブ!」

そうして歩き出そうとした私たちの背中に、リリーの声が投げかけられ立ち止まる。



「…もう、僕たちに構わないでくれ。穢れた血」




今のは、聞き間違いだろうか。
ローブの中からではリリーの顔は見えない。
辛うじて見上げたセブルスは、どうとも感じ取ることができない様な無表情で、リリーを振り返ることはなくじっと前を見据えていた。

一体彼は、どういうつもりなのだろう。
そんなことを言ってしまったら、きっと


「……さようなら、スニベルス」

彼女は私たちを追い越して駆け抜けていき、その後を追うようにして風が立つ。

セブルスはいつまでも、その風になびく美しい赤髪を見つめていた。




:::

それから、私たちの日常は大きく変化した。


「ナナコ、禁書閲覧の許可を貰ったんだが…後で一緒に行くか?」
セブルスは前にも増して闇の魔術の研究に熱を入れ始めた。その理由はといえば、一つしかない。

そうこうしていると合同授業の教室の前でジェームズとリリーにバッタリ出くわす。一瞬緊迫した空気が張り詰めるも、リリーはセブルスにも私にも何も言わず、ツンと冷ややかに中へ入っていってしまった。ジェームズは私に(セブルスの方は見ないようにしていた)「やあ」と軽い挨拶だけしてリリーの後を追う。


あの一件以来、二人が一緒に居るのをよく見かける様になった。リリーとの交流も無くなってしまった今となっては、彼らの間でどんなやりとりがあったのかまではわからない。

比例して、セブルスの心は閉じていくばかりだ。
私たちの距離は遠のくでも、縮まるでもなかった。けれど隣に居る彼が日に日に心を病んでいくのが嫌でもわかってしまい、私は私で自分を責める毎日だった。

リリーは今、幸せなんだろうか。


「んん?おや、これは!素晴らしい!ナナシが一抜けで成功だ、珍しいこともあるもんだ!よくやったぞナナシ!」
『…へ?え、うそ』

ぼうっと考え事をしながら手を動かしていただけなのにいつの間にか薬が出来上がっていたらしい。隣でセブルスが信じられないという顔で私と鍋とを交互に見ていた。これといって優良な成績でもない私が、この難題をクリアできたとは。それも、誰より早く。

「優秀な生徒には褒美をやらねばならん…さあこれを君に!かなり貴重な品だ。大事にな?」

渡された小瓶には、黄金の液体が満たされている。


幸運をもたらすという薬、フェリックス・フェリシスだ。




溢れ、零れ落ちるもの



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