短編

□Sweet Bitter Lily
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翌日、セブルスとは朝から一言も交わすことはなかった。それどころか私は頑なに彼を避けている。一晩超えてしまえばさすがに冷静にもなるが、昨日の流れで彼が開口一番に何て言ってくるのか怖いし、「もう構わない」と高らかに宣言してしまった手前、後には退けないのだ。



「ナナコ!!」

合同授業の教室に一人で入ろうとしたところをリリーに呼び止められる。

「…鏡見た?ひどい顔よ、蜂刺しの呪いでも受けたの?」

大真面目な顔で冗談を言いながら温かい両手で頬を包んでくれた。目がぱんぱんなのはわかってる。でもいいのよ、どうせ誰も見やしないだろうから。


「…もう、みんなして一体何があったというのよ……ジェームズに何か言われた?」


みんな…?、ジェームズ?

私が頭に疑問符を浮かべたまま固まっていると溜息をついたリリーはそのまま私の手を引いて教室とは逆の方へと歩き出した。
途中、ジェームズやその仲間たちとすれ違う。
彼の顔も、傷だらけだ。まさか昨日のセブルスと何か関係が…?
リリーは黙ったまま構わず歩みを進め、私は引っ張られながらも振り返ってもう一度彼を見る。ジェームズもこちらを見ていたので目が合うが、そのまま角を曲がってしまったのですぐにまた前を向いた。




やっとのことでリリーが立ち止まる。
あれから幾つもの角を曲がり階段を降りたり昇ったりしたので、今自分たちが何処に居るのかよくわからない。概ね西の方だと思うが…閑散としていて鎮まりかえった、誰も居ない廊下である。

『…あの、リリー…?』
「しっ、誰かに見られたら面倒だわ。」

私は口を閉じてリリーが熱心に見つめるただの石壁に目を向けた。すると突然、イラクサの様な模様が浮かび上がり何もなかったそこに木製の扉が現れる。
…"必要の部屋"だ。



「……昨日…ジェームズとセブが、あなたのことで喧嘩したみたい」
『!』

中に入るや否や、リリーが口を開いた。
きっとジェームズから聞いたのだろう。それで…セブルスの顔の傷もジェームズの傷も、辻褄は合う。が、何故セブルスはそれを教えてくれなかったのか。
一人で考えを巡らせていると、リリーが私の顔をじっと覗き込んでいるのではっとした。


「ナナコ…あなた、私に話してないこと、あるでしょう?」


透き通るグリーンの瞳が私の心を見透かしてくる。戸惑いながらも、観念する様に答えた。


『……好きなの。セブルスのこと』



リリーはきっと、セブルスの彼女自身に対する気持ちを知っている筈。彼は純粋に女の子の"リリー"が好きなのであって、自分が男である以上その気持ちには答えられないと思っている筈だ。
それに彼女はジェームズが好きなわけで…

いよいよ、糸は複雑に絡み出す。

リリーは私の発言を受けてこの上なく切なそうな、申し訳なさそうな顔をした。「あなたの好きな男は私のことが好きなの」という、わかりきった事実を改めて突きつけられている様な気がしてあまり良い気分ではない。

神様は本当に意地悪だ。




『……戻りましょう。授業、とっくに始まっ…』

何も言えずにいるリリーと気まずい空気から逃げ出したくて、踵を返そうとした、その時___


強く腕を引かれて強引に引き寄せられ


私とリリーの唇が、重なる。




あまりに突然の出来事で思考がうまく働かない。

リリーは男の子だ。でも傍から見たら女同士でキスしてるみたい。そりゃ確かに、誰も見てないけど…どうして、どうして…


雛鳥の様に何度か啄ばまれてはちゅ、ちゅ、と僅かな水音が聞えてしまうほどに辺りは静かだった。

不思議と嫌悪は感じないが、何とも言えない背徳感と秘め事を犯しているような気持ちで心臓の鼓動が早まる。


これ以上続けてしまえば、私たちは一体どこへ堕ちていくというのか


怖くなったところでふわふわとした意識の中から理性が浮上し、私はリリーの胸板をそっと押し返し唇が離れた。

互いに額をくっつけたまま浅い呼吸を繰り返す中、リリーが深呼吸をしてから先に切り出す。



「……ごめんなさい。私…いつも自分のことばっかりで…辛い想い、させたでしょう?」
『リリー…』
「あなたの気持ちを考えたらすごく辛くなったの。だって、私たち…」


……そうね、私たち、おんなじだね。

妙な絆の様なものが二人を繋いだ瞬間だった。

この複雑な想いや切なさとか辛さを誰かと共有できるだけで、僅かに心が軽くなる。


あとでセブルスに、話し掛けに行こう。謝ってもいい。
…私はやっぱり、彼の傍に居たい。


「話してくれて、ありがとう。」
『うん……あの、リリー…、その、』

私が言葉に詰まってまごついていると、彼女はくすっと笑った。

「どうして?、って聞きたいのね。あなたのことをとても愛しく感じたからよ。キスしたいと、そう思ったからしただけ。裏も表もないわ」

予想の斜め上をいく(そもそも予想なんて微塵もできなかったが)答えに、ぽかんとする。そんなに私の顔が滑稽なのかリリーは更にころころと笑った。

「勿論ジェームズが好きなことに変わりはないわよ?そういう、恋愛の話ではなくてね……うーん、でも、もし私が順当に男として生きてたら、きっとあなたに惚れてたと思うわ。」


普段、自分が男性であることをひた隠しにして生きている彼女は苦労することも他人より多い筈なのに決して卑屈になることなどなく、寧ろオープンなくらいの明るさとぶれない芯の強さを持っていた。それは単純に彼女の人柄から成るものであり、性は関係なしに、誰もが憧れるほどの美しさだった。


「…やだ、そんな風に頬を赤くされたらこっちが恥ずかしくなるじゃない。そういうのは、好きな男にだけ見せるものよ」

あなたは可愛いから自信を持って


そう言う彼女が、とても眩しくて。





禁断の果実




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